黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【53】



 部屋には扉があっても一つだけで、その扉は開けられたとしても最初の部屋に戻るだけだ。そして最初の部屋にも扉は一つ……となれば、ここから外への出口はないという事になる。流石にこれだけしっかりした壁や床の感触からして魔法で作った空間ではないと思うが、考えれば『扉』があるから魔法の部屋ではないという考え方はなかったなと我ながら思う。

「魔女以外には逃げ場のない場所、か」

 転送が使える魔女なら出入り口などそもそも必要ない。おそらく魔女がこちらに直接的に何かをする事もなくただ姿を消したのは、ここに閉じ込めたままセイネリアが衰弱していくか、途中で許しを請うて泣きわめくかする様子でも見る為だったのだろう。あの女の趣味からすれば容易に想像出来る。

「となれば後は連中に期待するしかないか」

 言いながらセイネリアは腰に括り付けてあった革袋からエルにも渡した例の石――引かれ石の片割れを取り出し、その光を見て笑った。

「流石にあれだけの手がかりを揃えてやったんだ、来てくれなくては困るな」

 彼らがちゃんとこの場を探し当てたのはこれで確定された。ならば後は待つだけでいい……もっとも、彼らが魔女に捕まっていなければ、という条件がつくが。
 ただともかく、食料も水もまだある段階ではここから出る事は最優先事項という訳ではない。今はセイネリアにとって、もっとすぐにでも判断が必要だと思う事が別にあった。

「さて……この刺青にどんな効果があるか、だが」

 気を失っている、カリンの足にある刺青を見てセイネリアは考える。
 殴られてもまったく行動が変わらなかった段階で、カリンの暗示は例の焼き付けの人形にする暗示ではない可能性が高い。かといって様子からすればとてもではないが『自分から従うような暗示をされた』状態にも見えなかった。そしてこの刺青――あの魔女や向うの部屋の兵士にあったのと同じ猫の形の刺青を見れば、これの所為でカリンが操られていたと考えるのが自然だろう。

――最悪、フロスが来るまで縛っておくべきか。

 もしくは、目を覚ましたらまたすぐ気を失わせるか。
 とりあえず武器は取り上げておいたから、起きて暴れられたとしても問題はない。目が覚めた時の様子でどうするか決めればいい――そう思って見ていたところでカリンの瞼が揺れた。
 セイネリアは僅かに構えて彼女の様子を見つめる。
 瞼がゆっくりと開く。黒い瞳が現れて、黒い男の姿を映す。
 途端、そこから涙が溢れた。

「カリン?」

 少なくとも瞳がきちんと自分を見た事で、彼女が正気だとセイネリアは判断した。

「申し……訳ありません。申し訳……」

 涙がぽろぽろ零れて彼女の顔が強張る。セイネリアは軽く息を吐きだした。

「謝る必要はない」
「でも、私は主に刃を……」
「あぁ、なかなかいい腕だったぞ。やはりお前は優秀だ」

 笑って言ってやれば、カリンはゆっくりと起き上がって下を向いた。

「本当に……申し訳……」
「だから謝るな。お前が謝ると俺も謝らなくてはならなくなるぞ」

 言えばカリンが顔を上げる。目を丸くしてこちらを見返す。セイネリアは再びため息をついた。

「そもそもお前が攫われたのは俺の判断ミスの所為もある、だから俺にも非がある」
「いえ、それは私の判断がそもそも間違ったからで……」
「だが俺が止めればお前は行かなかった。止めなかったのは俺も判断を間違えたからだ、それで同じミスをしたお前を責められるか。だから、謝るな」

 それでカリンの涙は止まる。セイネリアは立ち上がって天井を見上げた。

「どちらにしろ、お前が正気に戻ったのなら次はここから出る事だが。さて、連中が無事ここまで来れるか、だな」

 部屋の規模と、微妙な湿度。それから壁を叩いてみた感じ、隣の部屋がある方向の壁以外は、破壊すれば別の部屋か外にいけそうな音はしなかった。そこから考えればここが地下な事はほぼ間違いない。ならば理論的には上へいけばいい訳で、それなら魔槍でひたすら天井を破壊していく、という手が使えるだろうか――考えたところでカリンの声が聞こえた。

「……いえ、いつまた魔女に操られるかわかりません、ですから、私は縛っておいてください」

 セイネリアは視線をカリンに向けた。彼女の表情は蒼白だが強い目でこちらを見ていて、理由もない不安に怯えているという訳ではなさそうだった。






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