黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【50】



 長い廊下には金糸でふちどりされた派手な赤い絨毯が長く伸びている。等間隔に配置されたランプ台の下には、やはり等間隔に配置された生気のない目をした兵士がいた。

――こいつらは全員暗示で操られてるって事だろうな。

 並ぶ兵士達を見て、エルはうんざりと顔を顰める。
 一発殴れば、もしくは光石を見せれば正気に戻るというタイプの暗示ならいいが、逆に刺激に反応して攻撃してくるタイプの暗示だったらへたに手を出すとまずい。おそらくは後者だろうが……と思いつつ、感想としては魔女というだけあって趣味が悪いとしか思えなかった。

 エル達一行は地下で捕まった後、どうやらここのボスらしい魔女のところへ連れていかれるらしく、腕を縛られた状態で兵士達に囲まれ、長い廊下を歩かされていた。
 先頭はレンファンが歩いていて、エル達から取り上げた武器は彼女が今手に持っている。どうやら彼女はここではそれなりに地位があるらしく、操り人形の兵士達は彼女の言う事に黙って従っていた。
 ただ途中で例の攫われてきたらしい娼婦の女達にも会ったが、彼女達の目は虚ろではなかったからあれが『手下にする用の思い込ませるタイプの暗示』という奴なのだろうと思う。

『あらレンファン、どうしたの?』
『侵入者を捕まえたから、ナリアーデ様のところへ連れていくところだ』
『ふーん、そう』

 会話の口調からして娼婦とレンファンは同じくらいの立場だと思われた。という事はつまり、ここにいる人間の一番下っ端は操られてるだけの人形のような兵士達で、意志に暗示を刷り込まれて自ら従っている状態の女達はその上の扱いというところだろうか。
 そして『ナリアーデ様』というのが問題の魔女と思って間違いないだろう。

 長い廊下の終点には、いかにも偉い人間がいるように見える豪奢な彫刻付きの立派な扉があって、両脇にはご丁寧に全身甲冑の騎士らしき人物が飾りのように槍を構えて立っていた。
 これが魔女の趣味なのだとしたら、男をはべらかして悦に入っている高慢な女、という予想はおそらく間違っていないのだろうとエルは思う。例のマガミス砦の噂話からして美人ではあるのだろうが性格はおそらく、きっと、全力で遠慮したいタイプな事は確実だ。

「ナリアーデ様、侵入者を連れてきました」
「侵入者? ってことはあの男の仲間かしら?」
「はい、そうです」
「そして、貴女の元仲間ってことね」
「そうです」
「いいわ、入ってきなさい」

 元仲間をレンファンが捕まえてきた、というところが気に入ったのか、そこで楽しそうな女の笑い声が返ってくる。
 あぁやっぱり嫌味な高飛車女なんだろうな、と思ったエルでも、部屋に入ってその魔女の姿を見れば一瞬動きが止まった。

 確かに、魔女はとんでもなく美人だった。

 その姿に瞬間は目を奪われたエルだが、すぐにハッと気づいて目を魔女から逸らす。セイネリアと違って女性関係は経験値の低いエルでも、いくら美人だろうがあれは絶対に手を出してはいけないタイプの女だというのは直感で分かった。それでも、もしあの女に誘われたら断れるかはちょっと怪しい。マガミス砦の連中が盛り上がったのも、そのおかげで厄介な事態になっているのも責める気にはなれないとエルは思った。

 豪奢な椅子に座っていた女は、立ち上がるとゆっくり歩いてくる。女が歩く度にシャラ、シャラ、と音が鳴る。ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。

「確か……貴方達もかなり優秀だったわね、ここまできたなら特別に私の僕にしてあげましょうか?」

 その自信たっぷりな女の自信たっぷりな台詞に、エルは内心で『うわぁ』という気分になりながらも、これで喜ぶ奴もいるんだろうなとも思う。
 ただ、やはり迫力のある美人に目の前にこられれば自然と息をのんでしまって、思わず金縛りのように女の顔を見てしまう。魔女はそこで妖艶に微笑むと、エルの顎を指で撫でて、ふっと息を吹きかけてきた。甘ったるい匂いになんだか頭までぼうっとしてくる。

「私のものにおなりなさい。私の為に働いてくれれば、好きなだけ贅沢をさせてあげる。勿論女も思いのまま。勿論、この私も含めてね」

 とんでもない美人に目の前で微笑まれてそう言われればぐらつかない男はいない。エルだって『この女は魔女で絶対に言う事をきいてはならない』と最初から分かっていなければ流されていたかもしれない。





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