黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【49】



 ガタイのいい敵というのは動きが基本的に大ざっぱで、振り回す剣は力任せの大振りだ。それだけなら大した敵ではないが、それと真逆の戦い方をする者と組まれると面倒くさい。しかもそちらは殺さないように――となれば凌ぐだけでも神経を使う。
 敵の攻撃を後ろへ避けて、セイネリアは周囲にもぐるりと目を向けた。

――カリンに攻撃させるところまでは想定内だったんだがな。

 魔女を怒らせれば、おそらくカリンをけしかけて高見の見物を決め込むだろうとセイネリアは計算していた。だからわざと怒らせたのだが……さすがにカリン一人では簡単に抑えられて終わり、と考えるくらいの頭は魔女にもあったらしい。
 一度倒したのと同じ化け物であるから戦う事自体はいいとしても、それで武器が魔槍のままであるからヘタにカリンに向ける訳にはいかないのが面倒なところだ。しかもカリンの戦い方は一撃入れては退くというモノであるから、化け物と戦いつつ彼女に接近するのは難しかった。

「くそっ」

 ともかくさっさと化け物を倒してしまえばよいのだが、壁へ誘いこもうとすれば背後から、剣を受ければその横から、上手くカリンに邪魔されて思い通りの戦い方に持っていけない。

――まったく、優秀じゃないか。

 思わず口元に笑みが浮かんでセイネリアは考える。
 ならばここは化け物を先に……ではなくカリンの方を先にどうにかした方が早いだろう。そもそもカリンに刃を向けないように気を付けているから化け物に決定打を与えられない訳で、彼女がいなければさっさと仕留められる。

 咆哮を上げてまた飛びかかってくる化け物の剣をよければ、それは床を叩く。
 その隙に化け物に近づいて行って足を斬りつけようとすれば、予想通りカリンが後方から近づいてくる。そのタイミングを待っていたセイネリアは、槍を回して柄でカリンの腹を叩いた。
 カリンの悲鳴と共に、倒れた音で彼女がふっとばされただろう場所に当たりをつける。なにせ化け物を殺すのはいいが、カリンの上に倒れられる訳にはいかない。化け物の足を軽く斬りつけてその背後に回ると、化け物は吼えてセイネリアの方へ向きを変えた。
 化け物の剣が更に振り下ろされる。
 化け物らしく多少のダメージには動じないから、叩いた剣から響いたダメージで暫く動きを止めるという事もない。それでも、衝撃を抑えるために一瞬は止まる。そしてセイネリアにはその一瞬で十分だった。
 床を叩いて伸びた腕に槍の斧刃を振り落とす。
 化け物の悲鳴が上がって、剣を持ったままその手は肘下からぼとりと落ちた。切断口から血が勢いよく噴き出して床に血だまりを作っていく。いくら頑丈な化け物でも痛みに暴れのたうちまわり、床には血の池が広がっていく。それを冷静に見て、セイネリアは化け物の背後に回り込むと槍刃で貫いた。

「グォフッ、ゴッ」

 濁った咆哮はすぐに途切れる。
 槍を引き抜けばまた血が噴き出して、セイネリアはすぐに飛び退いたが返り血を完全に避ける事は出来なかった。赤い抹消を体に浴びて、顔に掛かったものだけを拭う。それ以外に掛かった分はどうせすぐに黒に同化して見えなくなるだろう。
 化け物の巨漢が揺れて、ゆっくりと倒れてくる。
 血を辺りに飛ばしながら、ただの死体となった化け物は自ら作った血の池に落ちた。
 だがそれと同時に、その体を踏み台にして黒い影が飛び上がる。そこから真っすぐに頭上へ落ちてきた影に向けて、セイネリアは口元を歪めた。

――本当に、お前は優秀だ。

 喉に向かって伸ばされたナイフはセイネリアには届かない。
 その前に彼女の腕は槍の柄で叩き落とされ、華奢な体はセイネリアの蹴りを受けて横へと大きく飛ばされた。

「すまないな」

 倒れて気を失ったらしく動かないカリンを確認してから、セイネリアは魔女のいた方に目を向けたが……そこには既に女の姿はなかった。





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