黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【4】 魔法使いがどうしてもセイネリアに仕事を受けて貰いたかった理由は分かっていた。 セイネリアがワラントと繋がりがあって娼婦達の協力を仰ぐことが出来るからである。 実を言うとセイネリアはワラントから、最近娼婦で行方をくらます者が多い、という話を既に聞いていた。しかも彼女達は姿をくらますような理由がある程の者ではなく、人さらいか何かに連れていかれたのではないかとワラントが調査をしているというのまで知っていた。 だから魔法使いが『行方不明者』という言葉を出した時点で自分に声を掛けた理由がセイネリアにはほぼ理解できた。それならこちらに断られたら困るだろうなというところまで。 魔法使いとつながりがある人間で娼婦のボスに顔が利く、そんな人間はそうそういない。なにせ魔法使いは娼婦から基本嫌われているものだからだ。 「そういう事でな、あんたとしても丁度いいだろ」 セイネリアが今回の仕事内容を告げれば、娼婦の女ボスは少し不審そうに眉を寄せた。 「……他に裏はないという保証は?」 「保証はないな、だがここで俺を騙して俺とのつながりを切る気はないだろう」 言えば難しい顔をしていた老女は、くっと顔に皺を作って笑った。 「相変わらず自信家じゃないか、坊や」 「まぁな、あいつらにとってその程度には俺の利用価値はあるだろう。それに一応この話を持ってきた魔法使いはギルド内でもそれなりの立場にあるようだし、嘘は言わないタイプの人間だ」 「ほぅ……まぁお前さんがそういうなら信用してやろうかね、いいさ、協力してやろうじゃないか。こちらとしてもこの件が解決するなら有難いさね」 正直ワラントがあっさり協力してくれるだろうことはセイネリアも自信があった。だから今後の事もその予定で立てている。あり得ないとは思うが、これで断られたら一から考え直さなければならなかったというのも事実だ。 「マーゴット、いるかい?」 そこでワラントが奥に向かって声を掛けると、細身の女冒険者がやってきた。彼女はワラントの世話係兼他娼館との連絡役でワラントに長く仕えている人間の一人だ。 「はい、婆様、なんでしょう?」 「この坊やが仕事しやすいように、あらかじめ娼婦達にこの坊やが来たら協力するようにいっておいてくれないかい」 「はい、承知しました」 「それと例の件について、こっちの調査した分をまとめてこのコに教えてやっとくれ」 「はい、それも承知しました」 そこで頭を下げると、マーゴットはさっとその場から消える。カリンからも聞いたが、彼女の身体能力はボーセリングの犬並みだという事だ。 「これでいい、仕事は明日からだろ、明日までには準備しておくからあとは全部マーゴットにお聞き」 「あぁ、すまないな」 「いいさ、その代わりちゃんと解決しておくれよ」 「出来るだけはな」 そう答えてグラスを一気に呷って酒を飲み干せば、老女は眉を跳ね上げて聞いてくる。 「あんたにしちゃ歯切れの悪い返事じゃないか」 「何、魔法使い共が結果をうやむやにする可能性があるからな」 「信用できるんじゃなかったのかい?」 ワラントの声には少し警戒が入る。 「まぁこちらに不利益になる事はないだろうが、奴らどうしても公表できない『秘密』を持っているらしいからな、それに関わると原因や被害者は隠蔽して終わり、という結果になるかもしれない」 「ふん、やはり魔法使いというのは胡散臭いねぇ」 「まったくだが、最悪でもこの件による新たな行方不明者は出なくなる、くらいの結果は出せるだろうよ」 「……まぁそれなら、一応いい事にしてやるさ」 それでセイネリアは席を立つ。 明日は今回の仕事のメンツと顔合わせであるから、娼館に長居する気はなかった。 「あの娘のとこにはいかないのかい?」 「あぁ、どうせ明日会う」 少し揶揄うようにひゃひゃっと笑いながら言ってきた老女の言葉には、顔さえ向けずにそう返す。カリンには明日からの仕事という事を伝えてあるから、今日のこの席にはわざと呼ばせていなかった。 「そういう問題じゃないんだがねぇ……まぁ、いいさ」 背中にかけられた声には手を上げるだけで返して、セイネリアはワラントの娼館をあとにした。 --------------------------------------------- |