黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【37】



 セイネリアの考えた答えはこうだ――女は自分の手下にして暗示を広めさせ、男はその場その場の使い捨ての戦力として必要な時に使えるよう、出来るだけ多人数に暗示を埋め込んでおく。魔法使い共が隠している内容によっては他にもあるが、そう考えれば魔女の狙いは一応は納得できた。

 だから単純に考えれば、セイネリアを戦力として買ってくれている、出来れば仲間にしたい――そう考えているのではないか、と魔法使い達とセイネリアは結論付けた。どうやら思った以上に魔法使いの間ではセイネリアの評価は高いらしい。魔槍使いというのもあるのだろうが『魔女が我々の想定する目的で動いているなら、貴方のような人物とは手を組みたいと思うと思います』と彼らが言って来たのだから。
 例によって『我々が想定する目的』というのは言えないとは言われたが、相当魔法使いにとって都合の悪い話だというのは彼らの顔色で分かった。

 魔女が接触してきやすい状況――といえば一人でいる事は当然として、場所も向こうが手を出しやすい場所に居た方がいいに決まっている。となれば必然的に西の下区周辺という訳で、セイネリアはたくさんの細道で入り組んだここ特有の裏通りをなんとなく歩き回っていた。

――この間俺を襲ってきた連中も、こういう時を狙えばよかったのにな。

 カリンとレンファンが攫われた夜から二日。昨日はまるまる一日西区を歩き回っただけで終わって、今日も半日以上歩いた割にはケチなチンピラさえ声を掛けてこないという現状に思わずそう考える。まぁ襲うなら夜なんだろうが、とは思えば、魔女も夜でないと活動しないというならいっそ昼は別に調べものでもしていた方がマシかとも思ってしまう。
 だが、魔女がすぐに接触してこないのがわざとだったとすれば。

――攫った二人が『使える』ようになってから、と思っていたら不味いな。

 セイネリアにとって最悪なのは、カリンとレンファンへの暗示が完了してから二人を使って接触を取ってこようとされることだ。下僕用の暗示が掛かっている場合、戻せないとは言わないが戻すのには時間がかかるしへたをすると後遺症が出る可能性があるという。手っ取り早く治す方法も聞いてはいたが、出来ればセイネリアとしては使わせたくない方法だった。

 敵がこちらの想定より頭がよく、慎重で辛抱強いタイプの人間だと問題である。なにせ確実性を取るならどう考えても二人の暗示が終わってからの方がいい。だが、頭が良くても急いでいれば、もしくは自信家なら――相手が女で『美人』と聞いた時から、セイネリアは後者を期待していたのだが。

「……ふふ……ねぇ、そこの貴方」

 横から掛けられた女の声に、セイネリアは足を止める。
 セイネリアがこの距離にくるまで気づけなかった段階で、おかしいのは確定だろう。内心やっとか、とセイネリアは笑いたくなる。

「とても強そう……ね、強いんでしょう? 私、強い人が好きなの」

 これを例の砦兵の連中にも言っていたんだろうかと考えれば萎えるが、セイネリアは女に笑みを返してやる。
 金と紫のストールを被った女の顔は見えない。だが、見える口元は真っ赤な紅を塗られて艶やかに輝き、わざとだろう大きく開いた胸元からは程よく豊満な胸の谷間がよく見えた。やたらと甘ったるい匂いは娼婦達が使う香水より高級品で、わざとらしく噛んでいる爪は綺麗に長く整えられ、光る程に艶があった。
 一言で言えばケバい高級娼婦という出で立ちの女のあまりの場所的な合わなさに嗤ってしまいそうになりながら、セイネリアはわざとらしく、なんの用だ、と返した。

「あらァ、こんなところで声を掛けたら……決まってるじゃない?」

 女が体をくねらせれば、シャラ、と鈴のような音が鳴り、香水の匂いがふわりと襲ってくる。まるで踊るようにゆっくりと腰を左右に揺らしながら近づいてきた女は、黙って立っているだけのセイネリアの目の前にくるとストールの端を持って両手を開き、その顔を露わにする。
 白い肌、大きく突き出されて強調された胸、くびれた腰。腕は肩から剥きだしで腕輪等で飾られていて、その肌には魔女らしく刺青で様々な模様が描かれていた。ただ、その刺青さえもがまた彼女を飾るアクセサリーのように見える程、それは女の不思議な雰囲気と合っていた。
 計算されたようによくできたプロポーションの女は、顔もまた計算されたように整っていて、切れ長の灰青色の目を細めてうっとりとした表情で聞いてくる。

「ねぇ、私が欲しくない?」

 男を誘いなれてるだろう女のしぐさを見てセイネリアは思う――やはり自信家という読みはあっていたらしい、と。

「あぁ、そうだな」

 女に視線を合わせたまま笑って返せば、女はセイネリアの目の前にやってくる。そうして、その手を伸ばしてセイネリアの頬に置くと、ゆっくりと顔を近づけてきた。






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