黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【36】



 エルと魔法使いの会話を聞いて笑いながらも、エーリジャは考えていた。

 それで首都にきた砦兵が娼婦と寝て、娼婦に暗示を掛けて集めるのはいいとしても、一体何故娼婦を集めたいのか。しかも兵士達は切れれば終わりの強制暗示、娼婦はわざわざ連れ去って……セイネリアの読み通りなら自分の意志で従うように手間を掛けた暗示を施して僕(しもべ)にしようとしている。

「兵士は使い捨ててで娼婦はじっくり手下にするって……扱いの違いはどうしてなんだろう」

 魔法使いは顔を顰める。それからため息交じりに応えた。

「理由の一つは言えませんが……普通に考えても、暗示をこっそりと出来るだけ多くの人間に広めようとするなら娼婦は適任と思えませんか?」

 エルとエーリジャは揃って、あー、と声を上げた。

「実をいうとですね、調べたところマガミス砦のあるコウナ地方領都シシェーレの街でも娼婦達の行方不明事件が起きていました。……首都にはまったくその情報は入ってきていませんが」

 それには思わず息をのむ。ただ、この事件が首都だけではなかった――というのは何処か予想していた部分もあって、驚きよりも『やはりか』と思う方がエーリジャとしては大きかった。つまり魔女はまず、地方で試してから首都を狙ったという事になるのだろうか。
 エーリジャは自分を落ち着かせながらも、出来るだけ冷静に言った。

「コウナ地方じゃ首都から遠すぎる、情報が入ってこないこと自体はおかしくない。だからこそ魔女はそこまで計算して地方で試した、というところだろうね」

 だがエーリジャの意見を否定して、魔法使いは首を振ると肩を竦めてみせた。

「えぇそう考えるのが普通でしょう。首都に情報がこないこと自体はまだ分かるのです。ですが問題はシシェーレの街でもまったくその事件が問題になっていない事なんです。それで実際街人を数人捕まえて見てみると……記憶操作の暗示後があった、という事です」
「記憶操作?」
「えぇ、なにせ暗示魔法ですからね。違う記憶を信じ込ませる、という事も出来る訳です」

 確かに、人を操る事ばかりに頭が行っていたが、そもそも『自分の意志だと思い込ませる』事が出来るなら、違う記憶を本当だと『思い込ませる』事も可能だろう。

「驚いた事にですね、こちらが捕まえてみた街の人間ですが……暗示に掛かっていた形跡のある率がやたら高かったんですよ。それこそ暗示が掛かっていないのは、子供やら極端に地位の低い者やらの、声を上げても相手にされないような人物くらいではないか、というありさまです」

 それを聞けばエーリジャもぞわりと背筋に冷たいものが走るのは仕方ない。つまり、シシェーレの街は首都で活動する前にただ試しに手を出してみたというレベルのものではなく、街の住人の殆どをいつでも魔女が好きなように操れる――街自体を丸々魔女の配下にしてしまった状態、とも言える訳だ。

「更に言えば実際……向うの娼館を調べてみたところ、そこに首都で行方不明になったものがいた形跡もありました」
「はぁ? なんだそれ」

 さすがに聞いているだけだったエルも声を上げた。
 エーリジャはなんだか胃がムカついてきて思わず口を押さえた。なにせこれだけの話を聞けば、嫌な予想ばかりが頭の中に沸いて来る。

「へたをしたら、街自体が魔女についている……もし魔女が街へ逃げ込んだら街人の殆どが敵になってやってくる、という展開もあり得る……のかな」

 エーリジャの問いに、魔法使いはゆっくりと頷いた。




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