黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【35】



 セイネリアが酒場から去れば、残るのはエルとエーリジャ、それと魔法使いフロスの三人だけになる。

「たった三人とはずいぶん寂しくなりましたね」

 魔法使いの言葉を肯定してから、エーリジャは声を落として聞いた。

「……で、今のところどこまで分かっているのかな? 彼が詳しく言っていかなかった分、貴方から聞けると思っていいんだよね」
「そうですね……」

 魔法使いが苦笑する。
 エーリジャも表面的には笑みを浮かべたまま、魔法使いの顔を見つめた。

「とりあえず、例の矢を渡した者ですが……やはり、マガミス砦の人間でした。連中の記憶を辿ってその人物を確定しました」

 例の矢、というのは西の下区でこちらを撃ってきた連中――彼ら自体は首都の騎士団所属の者だった――が使っていた矢の中に数本混じっていた素材の違う矢の事で、エーリジャの調べでそれがマガミス砦のある北の方でよく使われるセゼリアの木製だというのが分かっていた。それで後は魔法使い側で連中の記憶からその矢を渡した人間を探ってみる事になっていたのだが……。

「なら、最初の元凶はマガミス砦の連中、というのは確定なのかな?」
「えぇ、そうです。少なくとも今回、首都で魔女の暗示を広めてくれたのはマガミス砦の人間ですよ」
「魔女……ねぇ。ま、今回は本当に女みたいだけどさ」

 エルが忌々し気に呟く。魔法使いの間で言う、ルール違反を犯した犯罪者の事をそう呼ぶらしい、というのは昨夜のうちにセイネリアから聞いていた。

「ちなみに、昨夜高台で捕まえた男達にマガミス砦の者は誰もいませんでした。勿論、例の赤い石の首飾りの男もいません……他の北の砦兵はいましたが。ただ幸い、既に当たりはつけてありましたからね、彼らの記憶を辿れば全員マガミス砦の者と接触した記憶があって……それを繋ぎ合わせてかなりの事が分かりました」
「魔女の狙いは女性を集める事、となるとその狙いはなんなのかな?」
「最終的な目的は……こちらとしては分かっていますがあなた方には言えない事になっています。ただ、例の連中の記憶から分かった今回の事件の経緯はお話しできます」

 目的は言えないというのには参るが、今は聞ける事を聞くしかないかとエーリジャは考える。やっぱり納得がいかない、という顔をしているエルを見て宥めるように笑ってみせてから、赤毛の狩人は穏やかな声で言った。

「なら、経緯を聞こうか」
「はい、最初はマガミス砦に奇妙な噂が広まったところから話は始まります……」

 砦の近くにすごい美人が住んでいて、若い男に声を掛けてくる――最初はただの噂話だったが、その美人と実際会った、しかも寝たという連中が現れだして砦の兵士達は大いに盛り上がった。

「ま……気持ちは分かるぜ」

 思わず呟いたエルの言葉に、エーリジャも苦笑して同意する。

 噂は盛り上がったし寝たという連中は増えたが、それだけの話で特に何かおかしい事が起こったという事はなかった。そうしているうちに冬が来て、皆首都なり自分の国なりに帰る事になった。

「そこで話は終わりなのかよ?」
「そうですね、マガミス砦内の噂話はここまでです」
「例のやたら光る首飾りってのは?」
「噂の『美人』は実際寝た者に、次また会える為のお守りと言って渡していたようです。基本的には他の者に見せるな、内緒だと言っていたようですが……まぁ大体の者は自慢げに同僚や友人に見せていたようです。なにせそれを見せて貰った男の記憶からこちらも見た訳ですし」

 聞いている内に、エルが頭を押さえてため息を吐く。

「……で、見せられた奴はそれで暗示に掛かっちまった訳か」
「そういう事です」
「いやなんか……寝てないのにそれで暗示かかった奴って悲しすぎるだろ」






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