黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【34】



「はぁ? どういうことだよ」

 エルが声を上げれば、この状況でも落ち着き払った黒い男はいつも通り冷静に返してくれた。

「言葉通りだ。俺は暫く単独行動をする。お前達は魔法使いの指示で動いてくれ」
「狙いは何だ? お前の事だ、何かあんだろ」
「勿論、理由があるから一人で行動するんだ」

 エルは思い切り顔を顰める。セイネリアは笑っていた。

「女の人数が欲しいだけなら、娼婦達にはこちらを襲わせずさっさと飛び降りさせるべきだった。それは掛けてあった暗示が変更出来なかったせいだと言えても、カリンとレンファンをさらった後、もう少し待てばあの場にいた残りの女二人も連れていけた。そうしなかったという事は、あの二人を手に入れた段階で向うが目的を果たしたからだ。つまり、あの二人を狙っていたということになる」
「……あぁ、確かに」

 更にセイネリアはそこですかさず聞いてくる。

「で、あの二人を狙っていたなら、その理由は何だと思う?」

 エルは考える……がすぐに思いつきはしない。だから咄嗟に一言。

「……美人だから、とか」

 途端、セイネリアが鼻で笑う。エルは思わずちょっと恥ずかしくなった。なにせ自分でも、何言ってるんだ俺は、という気持ちがあったので我に返ると頬が熱い。

「確かにそれも理由かもしれないが、基本的な理由は二つ考えられる。一つはあいつら自身が優秀だから……美人というのもあるかもしれないがな、娼婦よりも下僕にすれば使えると思ったんだろう。そしてもう一つはこちら側……おそらくは俺を釣る為ではないか、という事で魔法使いとも意見が一致した」

 そこまで言えばエルも、それに後ろで黙って聞いていたエーリジャも、事情を察して表情を変えた。

「もし俺が狙いならさっさと連絡を寄越してもらおうという話だ」

 セイネリアの声はあくまで軽い。こちらを揶揄ってくる時の声のように。
 エルは彼の前に出て、いつでも余裕綽々な黒い男の顔を睨んだ。

「はん、うぬぼれんな。もしかしたら俺たち全員かもしれねーぞ。それなら各自単独行動をすりゃ誰かが引っかかるかもしれねぇ」

 エルだってこちら側を狙うのならセイネリアが目的だろうと分かってはいる。だから我ながらちょっと苦しいと思いつつもそう言えば、黒い男は軽く笑いながらやはり気楽そうに言ってきた。

「あぁ、その可能性もあるからお前達は魔法使いと行動しろと言ってるんだ」

 セイネリアの表情も、余裕のありそうな態度も変わらない。それでエルは分かった。

「お前が一人で危険な役を引き受けるつもりか」
「少し違うな。俺を狙ってくれるのが一番都合がいいからそう仕向けるだけだ」
「俺達じゃあぶねぇって?」

 更に睨み付ければ、黒い男は嫌味たっぷりに言ってくる。

「今回、首謀者のもとには消えた娼婦が何人もいると見て間違いない。つまり、大勢の娼婦に囲まれても全員を振り切れる人間じゃないと危ないという事だ」

 それにはさすがに睨み付けていたエルの顔も引きつる。その言い方なら、エルが何も反論出来ないのを分かっているのだ、この男は。

「まーエル、ここは彼のいう通りにした方がいいと思うよ」

 エーリジャにも言われて、エルは大きくため息を吐いた。

「いいか、何かこっちでやれることがあったらすぐ言えよっ」

 ただエルだってわかっていた。敵の目的が彼であることもだが、単独で魔法使いと接触してもどうにかなるのもセイネリア以外にいない。時間もない今、だから彼がまず敵を誘って接触を試みるのは最善に近い手だろう。

「その為に魔法使いの指示に従えと言ったんだ。俺の行動は魔法使い共が把握している筈だ」

 いつでも余裕を崩さない男は、やはり余裕のある口調で言ってくる。
 未だに納得出来ない部分はあったが、エルは彼に了承を返す事しか出来なかった。





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