黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【33】



「……いえ、こちらでマークしていた人物の誰かだったのならそれで特定出来たのですが……残念ながら上手く隠れてやっていた者らしいですね。となると、ここから暫くは動きがなくなる可能性があります」
「ほとぼりが冷めるまで大人しくするという事か?」
「えぇ……ですから、最後のつもりで一気に連れ去ったのかと」

 それはセイネリアも思っていた。今まで行方不明になる者は一人づつか、せいぜい一度に三人がいいところだった。ところが今回は一気に二十人以上の娼婦をここへ呼んでいる。魔法ギルドから調べられているのを知って、これ以上やれば尻尾を掴まれそうだと思ったから最後に連れていけるだけ連れて行ったと考えられた。
 そうなれば確かに、暫く動く事はない、という事は考えられる。

「……娼婦といい、何故向うは『女』ばかりを連れていくんだ?」

 聞けば魔法使い達は一度口を閉じて互いに顔を見合わせる。それで何か都合が悪い事情があるというのは分かって、セイネリアは更に瞳を険悪に細めて魔法使いを見た。

「お前らの秘密にあたるなら無理に言えとは言わない。女だと都合がいい理由に心当たりがあるのかないのか、それと連れ去られたあいつらにはどれくらいの危険があるのか、それを答えろ」

 魔法使いは二人とも一度口を閉じる。それからフロスがゆっくりと答えた。

「心当たりは……あります。その心当たりの方だと……彼女達の命が危険かもしれない。ただ……わざわざ彼女達を選んで連れていったというなら、少なくともすぐ殺される事はない、と思います」

 聞いて、セイネリアは瞳はそのまま魔法使い達を見据え、口元だけに僅かに皮肉めいた笑みを引いた。

「なら、わざわざあいつらを狙って連れて行ったとすれば、それは何のためだと思う?」





 カリンは考える――ここにきてからどれくらいの時間が経ったのか。
 体感では丁度半日というところで、そろそろ何かあっても不思議はないと思っている。手持ちで僅かな食料はあるし水もあるがあえてそれは出して見せていない。その方が向うがこちらに余裕がないと見て早く何か働き掛けてくるだろうから。
 まずは一旦、相手の出方を見たかった。
 何が目的かを確認してから、時間稼ぎなり、逃げるための手段なりを考えたかった。

「「随分落ち着いてるのね」」

 だから最初に声が聞こえた時、カリンは表情こそ変えなかったものの内心僅かに安堵した。
 辺りに人の気配はない。声はまるで広いホールで反響しているように聞こえて、どこから聞こえてくるかはわからなかった。

「「普通はこれだけ暗闇に一人で放置されるとパニックを起こすものだけど」」

 声は落ちる時『ようこそ』と言っていた女の声で間違いない。つまりあれがこの事件の元凶である魔法使いだったと思っていいのだろう。

「そうならないように訓練されていますので」

 当然暗闇をいくら見ても女の姿は見えない。あくまで聞こえるのは声だけで、他の物音はまったくしない。

「「そう、普通ではないという事ね。となると不安に付け入るのは難しいかしら」」

 自分の意志だと思い込ませるタイプの暗示魔法――フロスの言っていた事をカリンは思い出す。こうして連れて来た女を暗闇に閉じ込め、不安になったところに付け込んで誘導し暗示に掛ける……そういう手を使って来たのだろうか。

「そうですね、ならどうしますか?」

 女の笑い声が聞こえる。声の聞こえてくる方向は周囲全体からであることからすれば、やはりここは女の作った特殊な空間なのかもしれない。そうなると隙を見て逃げるというのは難しいと判断するしかない。

「「別に急いでる訳じゃないから、ゆっくり貴女を懐柔してもいいのだけど。貴女は他の女達と違う使い方も出来るから心から私のものになってくれなくても構わないわ」」
「他の使い方?」

 女がまた笑う。カリンは少し不安になる。

「「貴女を使えば、あの男が手に入りそうじゃない?」」

 カリンは初めて女の声に動揺した。





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