黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【38】 「げ……マジで消えやがった」 セイネリアが渡していった石から光が消えたのを見てエルは呟く。これは首都では一般的に『引かれ石』と呼んでいるものだが、ようは2個セットで離れれば互いのいる方向が光るという石である。狩場などで別行動をする時の合流用としては便利なものだが、2つだけというのと距離が離れすぎると効果がないというのがネックでそこまで使われているものでもない。夫婦やら恋人やら親子やらの身内パーティーでは必需品レベルで持っているものらしいが、一般冒険者だと余程仲の良い固定パーティ、というか相方扱いのペアパーティくらいしか使っていないものである。 セイネリアの性格からするととてつもなく『らしく』ないアイテムだが、尾行する必要がないから今回のような場合は使えるのは確かだ……なぁんて思っていたのだが。 「これじゃ意味ねぇだろっ」 とエルは思わず石に向かってつっこみを入れる。 「まぁまぁ、それはそれで想定内の事ですから。それにこれで、彼が魔女と接触した、というのが分かった訳ですし」 「んじゃやっぱり……」 エルはごくりと喉を鳴らす。 「えぇ、いきなり彼がこの石の効果範囲から消えたという事は、何処か遠くへ転送された、と思っていいと思います」 「で、こっちはどうすりゃいいんだ?」 「そうですね。そこはちゃんと『当たり』をつけてありますし、彼ならこちらも追いようがありましてね」 魔法使いは落ち着いている。こちらがいないところでも事前にセイネリアといろいろ打ち合わせていたようだから何か策があるのだとは思うが、それでもやっぱりエルとしては余裕をもってどっしり構えられるような気分にはなれない。 「当たり……ってぇと例の砦、とか?」 エルが分かるところで地理的な手がかりがあるところと言えばその程度だ。 「はい、その近く……もしくはシシェーレの街に魔女の拠点があると思われます」 あぁそっちもあったかと考えながら、まぁ確かに事件の起こった順からして例の砦傍か配下にした街に魔女がいると考えるのは当然だろう。 「じゃぁ、あいつなら追いようがあるってのは?」 セイネリアはやけに『魔法使いは自分の居場所が分かる』と言っていたがその理由が分からないエルとしてそこは気になるのは仕方ない。 もしかしてこれは聞いたら不味い事だったのかと一瞬思ったが、魔法使いはそれに笑顔のままあっさりと口を開いた。 「それはですね――」 抱き付いてきた時、女は言った。 『私が欲しいなら、その力を見せて』 まぁそういう事だろうな、とセイネリアは目の前に近寄ってくる男達を見て思った。 あの路地裏で、娼婦のように見えた女に近寄れば女の方から抱き着いてキスされ、そのままセイネリアは引っぱられて地面へと倒された。勿論普通なら女に引かれたくらいで倒れるセイネリアではないが、キスされた瞬間に一瞬ふっと体から力が抜けたのだ。 そうしたら風景が切り替わってまったく知らないだだっ広い部屋の床に倒れていた。魔法で転送されたのだろうというのはすぐ理解したが何処かというのは分かる訳がない。ついでに言えば抱き着いていた筈の女の姿もなく、広い部屋に蹲る人影が見えた段階でセイネリアはこの後の展開を大体予想出来た。 その場で動かず剣に手を掛けたままセイネリアが待っていれば、やがて部屋の中に女の声が響く。 「「私が欲しいなら勝ちなさい」」 それはセイネリアに対して言った……だけではないのだろう。その言葉を聞いた途端立ち上がり出した見てすぐわかるどこかの兵士――十中八九シシェーレ兵だろうなと思いながらセイネリアは考える。 今の言葉がトリガーで奴らの暗示のスイッチが入ったのは間違いない。 壁に掛かっているランプのおかげで暗闇ではないが、部屋の広さの割りにはランプは少なくそもそも光量が絞られている。だから薄暗いと言った方がいい部屋の中で立ち上がった男達の顔は表情までは判別できない。とはいえどうせ、見えても操られて生気のない顔ばかりだろうが。 --------------------------------------------- |