黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【27】



「ちょっと待てっ、どうなってんだっ」

 一人が飛び降りれば次に来た者もまた飛び降りる。暗示にかかった人間は少しも躊躇する事なく次々と飛び降りていく。

「強い光で、術は解く事が出来るんだったよね。……皆目を閉じててくれるかな」

 言いながら既に弓を構えていたエーリジャが立ち上がった。そうして、人々が群がっていく方面に向かって矢を放った。それがリパの光石がついた矢だと分かった面々は反射的に目をつぶったが……光が辺りを照らした瞬間、そこかしこから上がる悲鳴は当然の事として、レンファンは何かがおかしいと感じていた。

 おかしい理由は分かっている――どう考えても悲鳴が短すぎる。

 一般的に強烈な光をイキナリ食らった人間の反応は、確かに大声は最初にだけで後は目を抑える。だがそこで黙って声を出さなくなる者はまずいない。文句を言うなり、怒りで怒鳴るなり、ただ闇雲に声をあげるなり――つい何かしら声を出してもがくものだ。
 なのに、最初の悲鳴以降は急に声が消えたのだ。
 とてつもなく嫌な予感がしつつも光が消えると同時に目を開ければそこには目を押さえた人々がいて、レンファンは一瞬、自分の嫌な予感は杞憂だったかと安堵しかけた。
 けれどおかしい、
 いや、おかしいどころではない。
 だって動いていない。

 目を押さえた人々はその恰好のまま止まっていて、不気味な予感に肌がぞわりと総毛立つ。
 その直後、今度は急に動き出す。
 目を押さえていた各自の手が落ちた途端、その目が一斉にこちらを向く。
 それから、ゆっくりと、体がこちらを向き、足が動きだす。
 今、レンファンの目に映っているのは、こちらへ向かってくる人々の群れだった。

――こういう事か。何故分からなかった。

 予知通りになった現状に愕然としながらも、光の矢がきっかけだという肝心な部分が見えなかった自分を罵る。

「言った通りだ、出来るだけ殺すな。気を失わせるか、足を狙って歩けなくさせろ。後、女は娼婦だが男はそれなりにやれる連中の可能性が高い、加減し過ぎるなよ」

 それでもセイネリアの声に動揺はない。
 不思議な事に、それだけでレンファンも頭にカッと上った血を瞬時に落ち着かせることができた。他の面々の表情を見ても焦ってパニックを起こしそうな様子は微塵もなく、先頭に立つ黒い男からそれぞれ一歩引いた位置取りをして襲撃者たちに向かう。

 最初に走りこんできた男は、確かにそれなりに剣の腕が良かった。
 だがその剣を難なく受けると同時に弾き、セイネリアはそのまま男に向かって踏み込んでいくと男の腹を蹴り上げた。男の体が文字通り吹っ飛んで地面に転がる。それに躓いて体勢を崩した男の頭にエルの攻撃が入る。

「エル、お前の武器はこの場合都合がいい、足止め役として期待してるぞ」
「あいよっ、任せとけって」

 確かに『殺さない』となれば刃物装備の者よりエルの武器は都合がいいだろう。彼が武器のリーチを生かして次々と一撃を入れ、足を止めてよろけたところをカリンが盾で殴り倒していく。彼女の手際は鮮やかで、一発で必ず地面に転がしていた。
 一方、レンファンの横にいる射手のエーリジャは、少し後方にいる敵の男の、特に体の大きい者や武器が凶悪そうな者だけを狙って足を射抜いていた。そのせいでエルやセイネリアのもとにくる敵の数が調整されて、二人に多少の余裕が出来ている。

「レンファン、お前は女の相手を頼む」

 彼らの手際に見とれていたレンファンは、そのセイネリアの声で我に返った。身体能力的に最初に襲ってきたのは圧倒的に男ばかりだったが、遅れてきた女たちもセイネリアにとびかかろうとしていた。

「すまない」

 言いながら、レンファンは女の腹を蹴って気絶させる。だが、女がやたら苦しそうに倒れたのを見て次の女のどこを殴るべきか悩む。仕方なく足を引っかけて倒したものの、女の顔から血が出ているのを見てまた躊躇する。

「これを使ってください」

 そこで魔法使いから声を掛けられて、投げられたものを咄嗟にレンファンは受け取った。





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