黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【28】 「貴女がじっと見てはだめです、それを女たちに見せてください」 それは鎖がついた赤い石で、思わず手の中のそれを見てしまったレンファンに、そう魔法使いの声が上がる。 ――そういうことか。 今度は襲い掛かってきた女の肩を抑え、目の前にその石を突き付ける。そうすればすぐにぐったりと女から力が抜けたから、レンファンはふぅと安堵の息を吐いた。 魔法使いに目をやれば、どうやらこの石はもう一つあったらしく、彼も襲ってくる者を石を見せる事で倒していた。 「あ、ずりぃ」 こちらの様子に気づいたエルがそう声を上げてくる。ただそれには魔法使いの澄ました声が返るだけだったが。 「すいませんが数が確保できなかったので、なくてもどうにかなる方は力技でお願いします」 とはいえもとから無理過ぎる程の大人数相手というわけではない。大変だったのは最初だけで、襲ってくる者はすぐに途切れた。そうなれば辺りは痛みにのたうちまわっている者や暗示が解けたのか訳が分からず騒いでいる者達ばかりになっていく。 だが、問題はまだ解決していない。 矢の光を見なかった連中だろうか、最初の暗示通り崖に向かっていく者達の姿が見えてレンファンは反射的にそちらへと向かった。 セイネリアとエルはまだ戦闘中で、今の相手には少し手間取っているように見えた。なら、魔法使いから渡された石がある分止めるのも容易である自分が行くべきだと彼女は思ったのだ。 けれども、今まさに飛び降りようとした娼婦の手を掴んだ時に彼女には『見え』てしまった。 すぐに後ろを振り向いたがもう遅い。 飛び降りる順番を大人しく待っていた筈の者達が一斉にレンファンにとびかかってくる。それから反射的に逃げようと後ろへ下がれば、掴んだ女の手にひかれて――気づけば体は宙に浮いていた。それが女に引かれて自分も一緒に崖から落ちたのだと理解した直後、聞こえた声に彼女は叫んだ。 「レンファンさんっ」 「だめだっ、来るなっ」 声しか聞こえなかったが彼女には『見え』ていた。自分を追ってきたカリンもまた、暗示に掛かった者達によって崖から突き落とされる姿が。 戦いながらもセイネリアは周囲を見回す。 暗示で操られている連中の内訳はぱっと見だけでも簡単に判別出来た。女は娼婦、男は全員戦闘の専門家だ。想定外に厄介だったのがここの警備小屋の警備隊連中も暗示が掛かっていた事で、しかもそいつらがそれなりに腕が良かったという事だ。 目の前のガタイのいい男を忌々し気に見て、セイネリアは敵の刃を避けて一歩引く。 殺していいなら、別にこの程度の腕なら数倍いたってセイネリアとしては問題ない。雑魚なら割り切って槍を呼べばいいからだ。 だが殺さないようにするなら槍では加減が難しい。 今相手をしている男は問題の警備隊員で、やたらガタイのいい男は打たれ強くてちょっと頭や腹に打撃を加えた程度では倒れない。それで武器は鎖のついた鎌なんて面倒なものだから接近戦にもっていき難い。エルの方も相手をしている警備隊員らしき男は槍使いで、彼の武器の長所である有効範囲の広さで優位に立てず手間取っている。なにせ中距離での戦いになるからなかなか強い攻撃が入れられない。 そんな中、レンファンが走っていく姿を視界の端に認めてセイネリアは彼女の意図を理解する。広場にいた連中が全員こちらを襲ってきているのではなく、いまだにランプに向かって飛び降りていく者がいる事はセイネリアにも分かっていた。 レンファンの判断は別に間違ってはいない。確かに今戦ってるのはもうこの男達以外はいないから、手の空いた彼女が向かうのは理にかなっている。それのフォローにカリンが追ったのも間違ってはいないだろう。 だが、問題はその後だ。 レンファンが向かった途端、ただランプに群がっているだけだった連中が急に彼女に向かっていった。それらに押し上げられて彼女が落ちた後、その矛先がカリンに行った事でセイネリアは自分の間抜けぶりに舌うちした。 「くそっ」 振り回される鎌の刃になかなか近づけないでいたセイネリアは、思い切って剣を前に出した。当然鎖が当たって刀身に絡まる。その所為で暴れる鎌の軌道をどうにか避けたものの、セイネリアの頬には一筋の赤い線が刻まれた。 --------------------------------------------- |