黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【26】 ソレが見えた途端、自分は何をしていたんだとレンファンは思った。 予知というのは自然に入ってくるものではなく自分でわざわざ『見』ないと見えない。レンファンとしては少し先の事をざっと見る事にしているのだが、ここにきてからは周囲がそういう連中ばかりだったため、さすがに延々他人の情事を見る気もなくてあまり見ないようにしてしまったのが失敗だった。 真夜中の鐘が鳴り終わった直後、耳をすませば聞こえていた筈の情事の声やら音がまったく聞こえなくなった。 代わりに、おのおの草陰に隠れていた男女がそのまま立ち上がったかと思えば、不気味な程ゆっくりと歩きだす。どこを目指すまでもなくふらふらと広場内を歩く姿は異様すぎて、まるで人間というより死体繰りのようだとレンファンは思った。 「まさかこちらを探してる、とか」 ひきつった笑みでエルが言えば、セイネリアが冷静に答える。 「そう考えてもいいだろうな」 「じょーだん」 「まぁこの状態はどう見ても暗示中だろう。あの鐘がトリガーで確定か」 セイネリアが言いながら魔法使いを見る。 それでレンファンも彼の考えを理解した。皆夜の間にいなくなる……という事から、この男はあの鐘の音が暗示のトリガーではないかと最初から当たりをつけていたという訳だ。確かに考えれば夜中に必ず起こるトリガー――特徴的な光や音と言えば限られる。 「えぇ、そう思っていいかもしれませんが、ただ少し、妙ではあります」 フロスはしゃがんだまま地面に円を書いていたが、セイネリアの言葉を受けて顔を上げた。 「妙?」 「えぇ、トリガーが先ほどの鐘だったとして、何を暗示として埋め込まれているのかが分かりません。彼ら、行先もなくふらふら歩いてるだけじゃないですか」 「俺たちを探しているんじゃないのか?」 そこで口を挟んできたのはエル。魔法使いは首を振る。 「それなら暗示の時に我々の顔を彼らが知っている必要があります。この人間を探せ、とそこで埋め込まないとならないですから。この人数……我々が調べ始めた日にちからして……出来ると思いますか? それに石に埋め込んだ程度の暗示ではそこまで細かい指示は出来ない筈です」 レンファンは周囲を『見る』。隠れているしかない状態で自分に出来る事はそれしかない。だが、見るだけで分かるのはもうすぐ自分たちが彼らに見つかるという事だけ、見つかって追いかけられて、殺せない事に苦戦する姿がぼんやり見える。 「もうすぐ見つかるぞ、本当に逃げなくていいのか?」 だから黙っていられなくて聞いてしまえば、やはり若いくせに落ち着きはらった黒い男は当然のように答えた。 「ここで逃げたらなんの手掛かりもつかめないまま、また娼婦達が消えるだけになる」 「それはそうだが……」 なんだろう、見えた訳じゃないのに嫌な予感がする。 レンファンは必死に先の事を『見よう』とする。けれど不確定要素が高い予知程、つまり先のことであればあるだけどれくらい先の事かという部分も正確ではなくなるから、見ようとしてもうまく見たい時間の調整が利かない。 「あれは?」 そこでエーリジャが声を上げたから、皆の視線が広場のはずれ――ロープを張って落ちないようにしている見晴し台――下がそのまま崖のようになっている場所に向いた。 「魔法使いか?」 そうセイネリアが呟いたのは、そこに立っていた人物が頭からフードを被った長いローブ姿のシルエットに杖を持っているように見えたからだ。 その人物がランプを掲げ、暗闇にチラチラと赤い光が瞬けば、広場をうろうろしていた連中がそちらへ向かって歩きだした。 「つまり、われわれではなくあの光――案内役を探していた、という事でしょうか」 魔法使いの言葉に、みなが納得の声を漏らす。 だが、それではおかしい――それはレンファンだけが知っていた。彼女が見ている未来は勿論確定した確かなものではない、だが時間的に8割方あっている筈だ。彼らは確実にこちらを攻撃してくる。 だが、そうして――どうするかと皆が見ている中。 「おいおいっ」 エルが立ち上がりかけて、他の人間も息を飲む。 ランプのところまで行った者はその場からロープを上って――崖下へと飛び降りたのだ。 --------------------------------------------- |