黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【25】



 首都セニエティの街は基本的に北東方面から南西へ向けて土地が低くなっていく。ただ最北の中心から堀を抜けた先にある城を左右から眺められる位置(と言っても城まではかなり距離があるが)は高台になっていて街の人々の憩いの場となっていた。警備隊の監視小屋もあるから治安的にも安心という事もあって夜でも結構人がいる。ただの散歩や酔っ払いなどもいるがいわゆるデートスポットで、こんな時間にいけばあちこちで男女が乳繰り合っているのがお約束だ。

 だから、そういう事態でもおかしくはないのだが……。

 セイネリア達が影から見ている中、追っていた娼婦は高台の広場の街頭下にいた男に向かって抱き着いていく。
 互いに背に手をまわして抱き合って、キスが始まればどうみても逢引の最中だ。

「いやまぁ、ここ目指してるの分かったあたりでもしかして、かなーとは思ったけどさ」

 がっくりと肩を落としてエルが言えば、レンファンが軽く咳払いをする。

「一応……見えてはいたのだが、ここまで来たら念のため、な」

 いかにも久しぶりにあった恋人同士というように、二人のキスは長い。そうかと思えば互いに体をべたべたと触りだして、体が揺れてきたかと思えばキスが終わる。そこから男が女の肩を抱いてそのまま暗がりの木の影へと入っていけば……この後の展開は想像できるというものだろう。

「あー……おっぱじめる気だなありゃ」
「……そ、そのようだな」
「まぁその……周り、そういうのばっかりだからね」

 エルとレンファン、それにエーリジャが思い思いに呟くのを聞きつつ、セイネリアは周囲を見渡す。そろそろ深夜になる時間だが、明るいところに人は見えなくてもあちこちに人の気配はある。様子や声からすればエルの言うように『おっぱじめてる』連中はかなりいるようで、耳を澄ませば最中の声さえ聞こえた。
 そこで暗がりから人影が表れて、エルがびくりと驚く……が、当然それが誰か分かっているセイネリアはちらとそちらを見ただけだった。

「とりあえず相手の顔は見ましたが、この後どうしましょう?」

 音もたてず現れたカリンに、エルは胸を押さえて少し大きめなため息をついた。

「男は兵士風だったか?」
「服装では分かりませんが……兵士、でもおかしくはないと思います。体つきや所作からしてそれなりに鍛えている者です」

 なら、相手が例の砦兵、という可能性もなくはないわけだとセイネリアは考える。

「他に何か、気になった事は?」
「お互いに名を呼び合ったりはしていません。というか会話もなくイキナリ抱き合いました」
「そらぁ、久しぶりすぎてンな余裕もなかったんだろうよ」

 エルの言う通りな事もあり得るが、ただの恋人同士の逢瀬にしてはいろいろ不自然な事がありすぎるのは確かだった。
 周囲は一見静まり返っているが、そこかしこに隠れる男女の影がある。普段ここにくることがないセイネリアとしては、その数がいつもより多いのか少ないのかは判別できない。だが外で見張っている警備隊員が特に気に留めていないという事は、異常な事態ではないとは考えられた。

「……えー、で、セイネリアさんよ、俺らいつまで見てればいいんだこれ」

 暫くして、耐えきれなくなったのかエルが嫌そうな声で聞いてきた。セイネリアは監視小屋の中の様子を見ながら答えた。

「そうだな、……少なくとも真夜中の鐘が鳴るまで、だな」

 娼館から相当歩いたおかげで思った以上に時間が過ぎていたのもあり、そろそろ時間は日付が変わる真夜中の鐘の時間になる。警備小屋に交代の連中が起きて来て話をしているからもう間もなくで間違いない。

「真夜中の鐘?」

 そう不思議そうに呟いたレンファンだが、彼女は暫く黙ると今度は唐突に真剣な声を上げた。

「ここはだめだっ、早く逃げるぞ」

 なら確定か――思ったセイネリアが彼女に続いて口を開く。

「全員、戦闘準備だ、ただし出来るだけ殺さない方向のな。何があっても固まって勝手に逃げるなよ、フロス、あんたは転送の準備だけはしといてくれ」
「了解」

 それで、いざとなったら転送という逃げ道がある事を思い出したのか、焦っていたレンファンの顔が落ち着きを取り戻した。

 その直後、鐘が鳴りだす。

 真夜中の鐘は数が多くない分、音が低めで、一回の音が長くなるように調整されている。1回、2回、3回……最後の鐘が長い余韻とともに鳴り終わった後、広場の様子は一変した。





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