黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【24】 手がかりというのは見つからない時はなかなか見つからないが一つ見つかると連鎖的に見つかっていく……というのはよくある事で、今回の件もその通りになった。 なにせあれだけ手探り状態だったのが嘘のように、ケナ・パサの館で一気に手がかりどころか敵の尻尾を掴めそうな機会まで手にいれる事が出来たのだから。 カリンからの情報――不似合な首飾りをつけた男を見た娼婦は、やはりそれを見た段階で暗示が掛かっていた。おそらくその首飾りの宝石に暗示魔法が掛かってたのだろう。 しかもレンファンの予知では、彼女が今夜一人で外へ出ていってしまう姿が見えたという事で……だから今夜彼女を見張ってつければ犯人のところにたどり着けるかもしれない、という事になる。 「だから集合はここなのか」 「そういう事だ」 ケナ・パサの店の裏手の壁沿いに皆で突っ立って、エルはため息を吐いた。 一応表から見えない位置にいるものの、聞こえてくるのは延々娼婦と客のやりとりばかりだ。さすがに部屋の中での音は余程の大声しか聞こえないが、客引き女とスケベ根性丸出し男の会話をずっと聞いているのはエルにはきついらしい。 ちなみに何かあるまで外で待機だが、カリンだけは中で様子を探っている。 「やっぱ若いなぁ、エルは」 エーリジャに肘で小突かれて、エルが険悪な顔で赤毛の親父を見る。 「るっせ、ってかセイネリアと魔法使いは普通じゃねーとして、あんたが平然としてるのが解せねぇぜ」 「それは簡単な答えだね、俺の心の中には唯一の愛する人がいるからさ」 妻帯者相手ではエルの分が悪いのは当然だろう。 結局揶揄われただけのエルは、不貞腐れて隅に行って座り込んでいた。 娼館といえば夜が書き入れ時だから人の出入りはほぼ途切れる事はない。基本的には宵入りの鐘から客を取り出して真夜中の鐘まで客を取る。それ以降に入る客は顔が利く常連くらいだが、ともかく真夜中の鐘を過ぎても娼館にいるのは泊まりの客ばかりになる。 古参の娼婦は大抵常連がついているから朝まで泊まり客の相手をしている事が多いが、遅い時間の客がいなかった娼婦が外へ遊びに行く事もないわけではない。 宵終わりの鐘――これを習慣的に宵の鐘、もしくは夜の鐘と呼ぶことが多いのだが、すっかり暗くなって夜となった事を知らせるその鐘がつい先ほど鳴って、色街を歩く人々の数はピークを迎えていた。今日は清掃日ではない事もあって人の出が多く、この店に入ってくる人間の数も多かった。 特に会話もせず辺りの様子を見ていたセイネリアは、そこでこちらに向かってくる影を見つけた。 「彼女が出ていきます、裏口です」 闇に溶けた黒髪の女の顔を見て、セイネリアは笑って返す。 「分かった、いくぞ」 後の言葉はぼうっとしている他の連中に向けて。 声がかかるとその彼らも一斉に体に力が入り、座っていたものは立ち上がった。 ほどなくして例の娼婦が裏口から出ていくのを見つけて、セイネリア達は彼女をこっそりつけ始めた。見失っては困るのでカリンだけは先行させて、後はレンファンがところどころで予知を見ている。一応保険もかけてあるし、たとえ見失っても居場所を探せる筈だった。 暗示が掛かっているとは分かっても、フロスもその暗示がどんなものかまではわからないと言う事だった。だから件の娼婦本人には何も伝えていない。なにせ彼女にはきちんと暗示に掛かってその通りに動いて貰わなくてはならないのだから。 顔を隠しているという程ではないが、ストールを頭からかけうつむき加減のまま女は足早に裏通りを歩いていく。娼婦の足では大して遠くへはいかないと踏んでいたが、女は北方面を目指して歩きっぱなしでなかなか止まろうとしない。既に下区を抜けて西の上区に入っていて、それでも女はさらに北を目指していた。 『おいおい、どこまで行くんだよ』 こういう時に黙っていられないのはエルの性分で、だが他の面々も思っていた事ではあったため彼と同じく小声で返事が返ってくる。 『確かに、どこまで行く気なんだろう?』 『……ですが、この距離を女の夜一人歩きなんていかにも怪しいですよね』 魔法使いの呟きには、セイネリアも思わず笑みを漏らす。 確かに、娼婦が夜にこれだけの距離を歩くのは不自然だ。しかも休憩もなく、疲れた様子も見せずとなれば暗示中を疑っても当然だろう。 女はさらに歩く。とうとう西の上区の住宅地さえ抜けて、そこから少し急な坂道を上りだしたところで……やっとセイネリア達にも彼女が目指す場所が分かった。 --------------------------------------------- |