黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【23】



 ワラントといえば娼婦の情報屋の元締めである。
 情報屋としてのメンバーの殆どは当然娼婦達であるし、娼婦や女冒険者達の寄り合い所的な色も濃いが、そこまでの組織になれば当然尋問を専門にしている人間もいる。

「うー……いやきついわ、ありゃ」

 流石に尋問中は何も言わずにいたエルが、終わって館から出て来たら、一気に疲れた顔をしてぐったり項垂れて呟いた。
 まぁこのアッテラ神官は『真っ当な人間』だから仕方ない――とカリンは思う。
 ワラントの館での尋問といえば、聞き役は記録と記憶の神ケサランの神官であるノヴェアで、彼女は尋問中のどんな些細な事でも覚えているのだが相手の心を読んだり無理矢理自白させられるような能力持ちという訳ではない。本人の発言から上手く誘導して思い出させる事は上手いが、強制させる術はないからそこは他の連中の仕事になる。つまり……拷問役がいる訳である。
 その拷問も、娼館というのもあって男には特に容赦がない。
 今日で言えば、男性のアレに長い針を向けたところでさすがにエルが顔を背けていた。

「普通の感覚なら、見ていて気分が悪くなって当然ですから」

 未だにぐったりした様子のエルに言えば、彼は恨めしそうにこちらを見てくる。

「いやでもよ、あんたが平然としてるのに俺が騒ぐ訳にはいかねーだろ」
「私は普通の感覚ではありませんから、別に気にしなくていいですよ」

 言えばエルは思い切り顔を顰めて、はー、と大きく息を吐いた。

「いやそりゃ……まぁ、分かってるっていや分かってるけどよ。ンでもまぁ、嫌な事は見ないで人任せってのも嫌だしな。それにちょっと油断してたのもあンだよ、拷問っていったら暴力的な奴かと思ってたからさ」
「ただの暴力は拷問として効率が悪いですから」
「……いやそれをさらっと言うあたり、やっぱあんたはそっちの人間なんだな」

 それが別にこちらをさげすんでいる訳でもなく、どちらかというと少し憐れんでいるような目だから、カリンは笑って答えるしかない。

「はい、そうです。でもだからこそ、あの方のお役に立てるのです」

 それを聞いてエルは頭を乱暴に掻く。

「んー……、んじゃちっと一つ聞いて置きたいんだけどよ。あ、もし答えたくないから答えなくてもいいんだ、あくまで答えてくれんならって事でよ」
「はい、なんでしょう?」
「カリンにとっちゃ、あいつ……セイネリアはご主人様、な訳なんだよな」
「はい、そうです」
「女としてそれ以上は望んでないのか?」
「それ以上?」

 思わずカリンが聞き返せば、エルは更に頭を乱暴に何度か掻く。

「えーと、その、あれだ、恋人……っていうか、あぁうん、あいつの嫁さんになりたいって感じの望みはないのか?」

 あぁそういう事か、と割合すんなり、動揺せずに理解出来た事をカリンは自分でも少し不思議に思う。
 実際のところ女として……彼に愛されたい、とは思う。ただ、それを期待したり望む気持ちが自分には殆どない。自分があの男のものになるのはいいとして、あの男が自分のものになってくれるなんてことがまったく考えられないのだ。
 カリンにとってはあくまであの男は見上げるモノで、あの男にとっての自分は下に見られるだけのモノだ。あの男と同じ位置に立てない段階で、エルの言うようなものを望める筈がない。きっと、例えどれだけ長く傍にいようとも……この位置関係は変わらないとカリンは分かっている。
 だから、カリンが返せる答えは一つしかない。

「私はあの方の部下です。それで幸せです」
「そっか……」

 エルは少し寂しそうに笑った。





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