黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【22】



「トリガー?」

 セイネリアが聞き返すと同時に、魔法使いが忌々し気にため息をついた。

「えぇ、強制で埋め込むタイプの術は、術を掛けるのも発動させるのも何かトリガーとなる切っ掛けを使うんです。大体は特徴的な音や光、もしくは特定の言葉や絵、風景や人物の顔などですね。それで気を引いた一瞬に術を掛け、次にまたそのトリガーを確認したら暗示が発動する……というようにしておくんです」
「確かにそれは厄介だな……」

 例えば人が大量にいる場所で、何かのトリガーで一斉に大量の人間が襲ってくる……そんな事態を考えればセイネリアでも対応は難しい。その可能性も頭に入れておいた方がいいだろう。

「しかし……となると、行方不明の女達の場合は時間をかけた刷り込み型の暗示を掛けられている可能性が高いな」

 セイネリアのその発言に、魔法使いの表情が強張る。

「どうしてそう思うのです?」
「お前が言ったんだろ、下僕にして操りたいならそちらの暗示を掛ける、と。わざわざ攫ったという事は時間を掛けて暗示を刷り込むためだと考えれば辻褄が合う。なら行方を絶った後目撃された者は暗示が成功して既に下僕になってる者……と考えられないか?」
「確かに……そうですね」
「どうして娼婦の下僕が欲しいのかは知らんがな」

 言って魔法使いの様子を見ればその表情は硬く、唇をぐっと閉じて視線を逸らすとうつむいてしまった。それでおそらく、魔法使い側には何か心当たりがあるのだというのは分かったが、ここでそれ以上を追及するのは止めた。

 だがとりあえず、魔法使いからの情報提供はそこまでとして、後はまた何か分かったらという事でその話をセイネリアは終わりにさせた。どうせ現時点で魔法使いが『言わない』段階で『言えない』のだろうからこれ以上聞いても無駄というものだ。

 となると、あとの手がかりは昨夜捕まえた連中となるが、全員で三人の内、二人は魔法ギルドに引き渡し、一人はワラントのところで尋問する事で話をつけてある。
 暗示で動いていた時の事は本人の意志ではないから、アルワナの術で自ら告白させる事は無理らしい。ならこちらで出来る事といえば、本人が覚えている限りの情報を吐かせてそこから暗示を受けた状況や、上手くいけば暗示を掛けた相手を割り出す事だろう。
 魔法ギルドの方ではいろいろな方法で調べてみると言っていたから、そちらで何か分かればまた改めて報告する、と魔法使いは言った。

「で、カリン。トレス砦かマガミス砦から来た連中の事で何か分かったか?」

 カリンにはセイネリアに先行して娼館を回って情報収集をしてもらっていた。なにせセイネリアはレンファンに付き合っているからどうしても一つの娼館を調べるのに時間が掛かる。カリンならワラントに付いていたしマーゴットの手伝いもしていたので娼婦達にも顔が利く、だから彼女からの情報を元にしてセイネリアも調べる娼館の順番を決めていたのだ。

「北の砦から帰ってきた、という客の話はいくつか聞きましたが、その砦の名前は出て来ませんでした。ただ……今朝、ケナ・パサ館の娼婦で一人、気になる事を言っている者がいました」
「気になる事?」
「北の砦から帰ってきたという男が、やけにキラキラ光る石のついた似合わない首飾りを『お守りだ』といってつけていたそうです」

 セイネリアが眉を寄せる。
 魔法使いが即座に反応して声を上げた。

「怪しいですね、目を引くモノに暗示を仕込んで擦り込む、というのはよくやる手法です」

 セイネリアはレンファンに視線を向けた。

「ならすぐケナ・パサの店にいくとしよう」
「……あ、あぁ」

 そうして彼女の返事と同時に立ち上がると、困惑している他の連中を見る。

「エルはカリンとワラントのところに言って例の奴の尋問を見てきてくれ。エーリジャは昨日拾った矢の出所を調べてきてくれるか。で、あんたはこっちと一緒に来てほしい、例の首飾りの事は直接あんたが聞いた方がいいだろうし、それと……」

 魔法使いを見ていえば、彼はにこりと笑って答えた。

「見たという娼婦が暗示に掛かっていないかを見るのですね」
「そうだ」

 セイネリアも笑って返すと背を向けた。





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