黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【2】



「何も知らない、とは思えないな。お前達が手を組んで未来を託そうとした相手だ、当然それなりのところまで事情を話しているとみたが」

 セイネリアの笑みを見て、ケサランは苦い顔でため息をついた。

「察した通り、彼には当然ほぼ全ての『秘密』が知らされた」

 セイネリアの笑みが深くなる。
 正直に言ったか、とへたにごまかしたりしなかったところでこの魔法使いに対しての信用はセイネリアの中で上がる。ひねくれて見えるが、やはり根は人がいい類(たぐい)の人間なのだろう。

「『秘密』を知って尚、お前達についたのか」

 ケサランはそれに片眉を跳ね上げる。暫くこちらの顔を見て、それから嫌そうに顔を手で覆ってやたらと大きなため息をついた。

「あのな……これだけは言っておくが、我々の『秘密』がなんであれ、我々魔法使い……というか魔法ギルドが目指すものは今も昔も変わらず一般人との平和な共存、ただそれだけだ。そこだけは誓って嘘ではない」

 なるほどな――セイネリアは鼻で笑ってその話はそこまでにすることにした。『秘密』自体は知られるといろいろマズイ事はあるものの、魔法使い全体での根本的な目的は彼の言った通りではあるのだろう。だからこそアルスロッツは『理性的』に考えて魔法使いと手を組んだ、とそう考えれば一応納得できる。
 魔法使い自体は一言でいえば嫌いだが、彼ら全体としての方針は人間に対して悪意を持っている訳ではない……と考えていいのかもしれない。善人も悪人もいるのは普通の人間も同じだ、個々の話はこの際問題ではない。

「あんたがそう言うなら、そこだけは信じてやってもいい」
「俺はそういう嘘はつかない。というかお前のような男に嘘をついたらマズイくらいは分かってる、戦闘経験はないといってもそのくらいの人生経験はあるぞ」
「そうだな、じいさん。だからあんたは言えない事は濁すか、言えないと言ってくる」
「煩い、若造め。本当に悪賢くて意地の悪い男だな」

 魔法ギルドが彼をセイネリアのもとに送ったのは偶然なのか、それともその性格を分かって計算したのか――そこまでは分からないが、今のところ魔法ギルドとしてはこの男のせいでセイネリアと繋がりを保ち、一応は御していると言ってもいいだろう。
 人の思い通りになる事は好きではないが、それがこちらにもメリットがあるのならそのメリットがある内は大人しく向こうの思うように動くのも構わない。
 少なくとも今のセイネリアにとって魔法使い達の『秘密』はどうしても知りたい事ではないし、ある程度まで魔法に関する事を聞けるこの男の存在は単純に便利であった。それに……もしその『秘密』とやらの欠片をつかんでしまった場合に、この男の反応を見るのがどう動けばよいかの判断材料としては一番いいと思うから、というのもある。

「まぁ、アルスロッツの話はそこまでにしてだ。今回、こちらからお前のところへ来たのはお前に仕事の依頼があるからだ」
「仕事?」

 こほん、と咳払いをして偉そうに足を組んだ魔法使いはそういって表情を少し引き締めた。

「そうだ、どうせこの時期、他に仕事など入ってないだろ?」
「まぁ、そうだな」

 北の大国とも呼ばれるクリュースの冬は厳しい。まだ完全に冬になったわけではないが、雪が積もれば冒険者にとっていわゆる『冒険者らしい』タイプの仕事はほとんどなくなる。雪かきや荷物運びなどの労働手伝いの仕事ばかりになって、普段化け物退治に出掛けているような腕のいい連中は、冬までに稼いでおいてあとは春まではのんびり過ごす事が多かった。
 セイネリアも冬は仕事より体を鍛えて、訓練になりそうな力仕事でもあったらやってもいいかくらいに思っていたところだ。

「報酬は……状況によりけりになるがな、どうせ仕事がない時期だ、受けてほしいところなんだが」
「ならまず仕事の内容を言え。わざわざあんたが俺に言うんだ、俺が受けないと困る内容なんだろ?」

 言えば魔法使いは、うっ、と声を上げて顔を顰める。本当に分かりやすい男だと思うが、だからこそまぁ魔法使いでも信用して話を聞いてもいいかとも思えるのだ。


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