黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【1】



 建国王アルスロッツ。
 地方部族のちょっとした有力者の息子が、当時迫害されていた魔法使いと手を組む事で国を作り上げてしまった――今では周辺諸国から一目置かれる大国となったクリュース王国の初代王である。
 今以上に力が全てだった当時において、力ではなく頭脳で人々を率いたと伝えられる彼の逸話は数多くあり、無数にある彼の偉業を語る歌や本のおかげでその名を知らぬものはまずこの国にはいないといってよかった。

 子供に話す昔話程度では語られなくても、彼の頭の良さといえばまず出てくる話は魔法の使い方で、戦では決して直接的な敵への攻撃魔法は使う事がなかった事があげられる。なにせいくら魔法使いが味方だといってもずっと恐れて迫害してきた彼らを兵士達が簡単に心から受け入れられる筈がない。もし魔法使い達がクリュース軍の先頭に立って魔法で敵を蹴散らして勝っていたのなら、その時は勝利に沸いたとしてもやはり魔法使いは恐ろしいものだと兵達の潜在意識に植え付けられてしまったろう。だからアルスロッツは魔法使いに魔法による直接攻撃をさせなかった。あくまで兵達を守るための魔法だけを使わせ、兵達と魔法使いの間に信頼関係を築く事に成功した。

 魔法使いは自分たちを守ってくれる――その信頼感情だけでなく、もう一つアルスロッツが上手かったのはそのやり方なら勝利の手柄は魔法使い達のものではなく兵士達のものになるという事だ。魔法使いが攻撃して敵を倒したなら単に『魔法使いがいたから勝った』という事になるが、魔法はあくまで補助でしかなければ『魔法使いのおかげで我々が勝利を勝ち取った』と兵士達の満足感が違う。このやり方なら、確かに国が出来上がった頃には、少なくとも兵士達と魔法使いはすっかり『仲間』になっていた事だろう。ただ勝つ事だけを考えず、勝った後の『魔法使いと一般人が共存する国』を作る事を考えていたところが彼が確かに頭が良かったと思うところだ。

「確かに我々側に伝わってる話でも、アルスロッツ王は頭の良い男だったとある。だが彼の一番すごかったところは、偏見や恐怖に惑わされない理性的な考え方が出来たところだな。我々と組むデメリットを分かっていて尚、まず我々と話をしようと考えた段階で当時の情勢的にあり得んよ。……まぁそうだな、ある意味考え方はお前に似てたかもしれん」

 言うと承認者ケサランは偉そうに腕を組んで、セイネリアに意味ありげな視線を向けた。

「ふん、俺みたいな男だったのか」

 聞き返せば、そこで魔法使いはにかりと意地の悪い顔で笑った。

 ここは首都セニエティの酒場の中。広い酒場はまだ飲むには早い時間だけあってあまり席が埋まっておらず、だからこそ隅の人気のない場所でこうして話していればわざわざ聞こうとしてくる人間以外に話は聞こえない。

「いや、全然お前に似てない。戦う事に全く興味がないガリヒョロの青年で、部族では馬鹿にされてたらしい。あまりにも本人にやる気がないから、親が仕方なく腕が立つ青年を供に付けたというくらいにな」

 セイネリアも笑う。
 偉人や英雄の歌や伝記というのは悪いところはまず出さないから、実をいうとこの情報は初めて聞いた。

「成程、確かに面白いな。だがまぁ、本人が戦わないで見ているだけの側だったからこそ、客観的に状況を分析出来たというのもあるんだろうな」
「そうかもな。まぁ考えればそもそもあの当時の男で『戦いに興味がない』という段階で相当の異端だ、異端の魔法使いと手を組めたのも分かる……のかもな」

 彼の所為で魔法使い達の今の地位があると言えるだけあって、当然だろうが魔法使いのアルスロッツに対する好感度は高そうだった。ガリヒョロの頭脳派というのも親近感があるのかもしれないが、少なくともケサランが初代王の話をする口調は楽しそうだった。

「……で、魔法使いと手を組む段階で、王はどこまであんたらの『秘密』とやらを知ったんだ?」

 だがその問いに、楽しそうに笑っていた魔法使いの顔から一瞬で笑みが消えた。


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