黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【17】



 セニエティの街に宵の入りの鐘が鳴る。これは街の北東にあるリパ大神殿の鐘の音で、朝と昼と午後と夕方、夜、そして日付の変わる真夜中に毎日鳴らされる。その中で夕方に鳴る鐘が”宵の入りの鐘”と呼ばれていて、昼の仕事に就く者は大抵この鐘で仕事を終えるのだ。
 酒場にやってくればやはり先にエル達がいて、お約束通りセイネリアに遅いと文句を言ってきた。勿論鐘からさほど経っていないから遅れたという程ではないのだが、わざわざそれに反応して言い返す事は勿論しない。
 たださすがに茶化していても、仕事の話を始めればエルも表情を切り替える。

「こっちは今ンとこコレと言った情報はねぇ。場所が場所だから怪しいモノはなかったとは言わねぇけどよ。一応住民らしきのに、見かけない女がふらふらしていなかったかとか、最近変わった事がなかったかとか聞いてみたんだがな」
「場所がら、怪しいだけのものならいくらでもあるしね、エルが人に聞いて俺が辺りの様子を確認していた訳だけど、正直どういう基準で怪しいものを選定したらいいのかわからないという感じかな」

 そこは最初の予定通りだ、エルが人に聞いて目のいいエーリジャが周囲の様子を観察する。そうして魔法使いが魔法の気配を探る事になっていたから――。

「で、フロス、あんたの方は?」

 魔法使いは肩を竦める。

「そうですね、こちらも今のところは特に」
「……たとえば、魔法使いに一般人の協力者が複数いる、という可能性はあるか?」

 試しに聞いてみれば、魔法使いの表情が変わった。

「何か掴んだのですか?」
「掴んだという程じゃない。……例の行方不明者が出始めた時期だが、北端の砦の連中が首都に帰ってきた時期と重なってる。当然娼館としてもその連中がその時期からは多く来てる」

 魔法使いは考え込む。

「北端の砦……」
「あぁ、婆さんに調べてもらったら、最初の行方不明者の時期に帰ってきてる連中は、トレス砦、マガミス砦の二つだけだった」

 どちらも国内最速で雪に埋もれる地域の砦で、どちらもあまり規模は大きくない。規模の大きい砦の場合は全員が首都に帰ってくる事はなく半数程は地元の村で過ごしたりするのだが、付近の村も小さくて砦も小規模な場合は全員首都へ帰ってくる事が多い。トレスやマガミス砦はそうそう襲撃される地域でもないから、近くの山に雪が降ったらすぐ兵達は首都へと戻ってくる。

「その砦二つに関しては、こちらでも調べるようにギルド側に言っておきます」
「あぁ、そうしてくれ」

 北端の砦が怪しいと言っても、今のセイネリアが出来るのはいいところそこから来た兵士を探すくらいだ。それは娼婦達に声を掛けてあるから直に誰か見つかるだろう。だが砦そのものや実際の現地の事に関しては、当然セイネリアには調べる手段がある筈がない。

「……で、だ。皆の体力が持ちそうなら、今日はこのまま夜の調査に出かけたいんだが」

 言いながらエルを見れば、彼は飲んでいた酒を置いて気まずそうに咳払いをする。

「それでてめぇ、きてすぐ酒頼まなかったのかよ」
「まぁな、別に飲んでも支障が出る訳じゃないが」
「はいはい、俺が大丈夫なら皆大丈夫って事だよな」
「そういう事だ」

 ぐるりと他の者を見れば皆くすくすと笑っていて、まぁこういうところもエルという人物をよく表しているとセイネリアは思う。いわゆる愛されるキャラクターという奴だろうなと思うが、だからこそ人と人の接着剤になれるという訳だ。これはセイネリアには絶対マネ出来ないところであるから、それだけでも彼と組むのは有用だと言える。

「なんなら仮眠をとっててもいいぞ」
「るっせ、皆で散歩に行くんじゃねぇんだ、打ち合わせを無視して寝たりはしねぇよ」

 不貞腐れた顔をしながらも、エルは腕を組んでふんぞり返った。
 皆がやはりそれを見て笑う中、セイネリアが視線を正面に向けて口を開いた。

「分かっている共通点で、姿を消した連中は全部夜の間、というのがある。それから目撃証言も夜が多い。なら一応、夜に何かありそうな場所に行ってみるのはアリだろ」
「夜に何かありそうな場所ってぇと……」

 エルがおそるおそるといった顔で聞いて来る。セイネリアは軽く笑みに乗せて答えた。

「西の下区だ、あそこで目撃証言があるなら何かはあるだろ」





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