黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【18】 首都セニエティの街は、地図で見れば広げた扇をさかさまにひっくり返したかのような形をしている。であれば北から南に向かって広くなっている訳で、しかも土地の高さも北――正確に言えば北東方面の方が高い。街で一番高い土地にあるのが街から北東にはみ出しているようなリパの大神殿であり、そこに水門があって定期的に夜中に水を街中へ流す事で街の掃除をしている。うまい具合に水の流れは夜の営みがメインである南西の酒場や色街へは流れないようになっていて、全て西の下区と呼ばれる貧民街へ集まってから水路に放出される。 そのせいもあってか、西の下区はゴミが集まる場所、ゴミの掃きだめ、という認識が街を作った当初からあって、そこに住むのは自然と表に出てこれないような事をしている人間か、まともに生活が出来ない最底辺の連中ばかりとなっていた。 死体が転がっているのも日常茶飯事、違法な薬やアイテムを作って売る者や、人身売買、魔法使いの実験……あらゆる違法がそこではまかり通っている。 だからもし、この街で何かそれなりの規模で犯罪を起こすのなら、ほぼ確実にそこで何かをすると見て間違いない。ちょっとした連絡用の拠点だったり、あるいは本拠地であったり、実験場であったり……こっそり何かをするには都合が良すぎるこの場所を使わないという選択肢はない。 「まぁ、いくら一般人には危険だというこの場所も、これだけの顔ぶれで歩けば流石に怖いという事はないな」 西の下区は初めてだというレンファンが言えば、エルが笑って、違いねぇ、と返した。 大通りからこの区画に入ったのは丁度真夜中の鐘が鳴った直後だから、その時間にここへくるのは常識的に考えればまさに”正気の沙汰ではない”というところだろう。ただ今回はカリン以外全員で行動しているから、いくら夜でもこの面子で危険があるとは思い難い。危険があるとすれば余程の大人数でこられた時くらいだろうが……それも魔法使いが転送を使える段階でさほど怖いものではなかった。 「でも……いくら夜が怪しいと言ってもさ、特にアテがなくただここって……いかにもあてずっぽうって感じで君らしくないんじゃないかな?」 エーリジャの言っている事は当然といえば当然で、勿論セイネリアもただあてずっぽうでここへ来た訳ではない。 「狩人とアッテラ神官と魔法使い……組み合わせ的にここではさぞ目立ったろうな、と思わないか」 「そりゃぁ……あぁそうか」 気づいて赤毛の狩人は肩を竦める。それから腕を一度解すように回して弓を手に持つと、矢を下に向けて番え、すぐに撃てる準備をする。 「へいへい、そういう事かい」 エルも分かったらしく背から長棒を手に取る。 「本当にお前は悪い男だな」 レンファンもクスクスと笑いながら、言った直後に辺りに注意を向けた。 昼間、エル達が何かを探っていた、というのを見せつけておけば、身に覚えのある連中ならまず何か仕掛けてくると見て良い筈だった。もし仕掛けてこなかったとしてもそれはそれで不自然すぎて、魔法使いが関わっている可能性が高いともとれる。どちらにしろこちらとしては何でもいいから手がかりが欲しい。襲って来たのがまったく関係のない連中だったとしても、ここら辺で後ろめたい事をしているその手の者しかしらない裏情報を聞けるかもしれない。 『セイネリア、この先の道を行くと襲撃を受ける可能性が高い、どうする?』 後ろを歩いているレンファンが耳打ちしてきて、セイネリアは足を止めずに同じくらいの小さな声で返した。 『予知か?』 『あぁ、襲撃といってもおそらく遠距離攻撃……弓だと思う』 セイネリアはちらとエーリジャを見る。やりとりが聞こえていたろう彼は何も言わず小型弓の方をこちらに寄越した。 『攻撃がくる方向は分かるか?』 『おそらくは……向うだ』 『なら全員、特にそちら側を警戒、でいいな』 振り返って見た顔が全員頷くのを確認して、セイネリアも矢を手に取るとレンファンの言った道へと向き直る。 「弓、ですか……」 だが聞こえた魔法使いの呟きに、セイネリアは再び振り向いた。 「何かあるのか?」 「いえその……貴方のマントを貸して貰えませんか?」 --------------------------------------------- |