黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【16】



 朝の娼館にはまず客はいない。
 たまに娼婦が泊めてやっている男がいるくらいで、彼女達の仕事は夕方以降が普通であるから朝といえば娼婦達はまず寝ているかこれから寝ようとしているのかのどちらかだと思っていい。
 だから、建物内を見せて欲しいというのは問題ないが、娼婦達に一通り会いたいと言われると少々困る。

「ここの部屋の女達は問題ない」

 部屋から出て来たレンファンは、言うとふぅ、と息を吐き出した。
 この店の殆どの娼婦達は自室を持っている訳ではないので、寝ているのは共同の部屋になる。いくらセイネリアでも寝ている娼婦達の部屋に入るのは問題がある為、ここの警備で雇われている女とレンファンだけが入って女達の顔を確認したという訳だ。

「大部屋はあと2つだな」
「分かった」

 言うと彼女はまた深呼吸をして息を整える。ともかく探すのは『いなくなる娼婦』だから、全員を見て予知で見えなかった人物を特定するしかない。何かをしたもの、増えた者、を見つけるよりも面倒だ。

――それにしても、ここまで絞れる情報がないのも不自然だな。

 行方不明になるのは娼婦、というところまでは分かっている。だが特定の娼館の人間が狙われている訳でもなければ娼婦の容姿もバラバラで、何者かがえり好みして連れていっている訳でもなさそうだ。
 犯人がいるとすれば十中八九は客として会っている筈だと思うが、魔法使いが関わっているとしてもまさか魔法使いが客として現れるとは考え難い。

――となると、魔法使いの協力者がいるか、もしくは客としてではなくどこか別の場所で接触しているか。

 ワラントの方で行方不明になった娼婦の共通点をどうにか出そうとしてコレというものが出なかった時点で、どこかで接触したというなら偶然パターンくらいしかないだろう。それにそもそも娼婦はあちこち出歩くものでもない。唯一共通部分と言えるのは娼婦がいなくなったのは夜中の内だろうという事くらいで、これでは確かに予知にでも頼りたくなる程お手上げではある。

「あ〜ら、ほんとに来てたのねぇ」

 顔馴染みの娼婦が廊下の向こうから手を上げて来て、セイネリアも応えて片手を軽く上げた。

「ふ〜ん、坊やがこんな警備隊みたいな仕事してるって事はぁ〜婆様のお手伝いかしらぁ?」

 ゆっくりゆっくり歩いて来る女はここでは古参に当たるから、彼女が起きているなら話を聞いてみる価値はあった。

「まぁな、別口からの仕事と婆さんからの仕事の両方といえば両方だ」
「へぇ、で、何か分かったの?」
「分かる、と言える程の成果はないな。……そういえばここでいなくなった女はその前辺りに何か変わったところがなかったか?」
「何度も聞かれてるけど、特別どうって事はなかったわぁねぇ」

 確かに、それで手がかりがあるならワラントからの資料にある筈だろう。

「不審な客……も、いれば既に話しているか」
「そぅよぉ。まぁ、この時期は地方から引き揚げて来た兵士さん達が多いからあまり身元不明の連中もいないしねぇ」
「あぁ、雪で埋もれる砦から帰ってくる連中か」
「そぉそぉ、帰ってきても恋人がいないか、いても別の男に乗り換えられてた寂しィ連中がね、温もり求めてやってくるってワケ」

 セイネリアはそこで少し考える。

「客にどこの砦にいた連中か聞いた事はあるか?」
「んー私がぁ聞いたのはぁ、トレス砦、コートルー砦……てとこかしら」

 どちらも確かに小規模な北の地方砦だが、少し調べてみるのもありかとセイネリアは思う。

「ありがとう、クォート」
「いいわよ、その代わり今度ね♪」

 体を擦りつけてくる女の腰を引き寄せて、セイネリアは彼女の耳に囁いた。

「ついでに、もう一つ頼みがあるんだが……」





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