黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【15】



 今回の調査方針としては、まずワラントの顔が利く一通りの娼館をレンファンが『見て』回らないと次の段階に行けない。彼女が『見る』ためには娼館内に入る必要があって、彼女が娼館に入って調査するには当然、案内役としても顔パスで許可してもらう為にもセイネリアがいなければならない。
 だから手分けするにしてもこの分け方をするしかないのだが、娼館へ向かう道すがら、レンファンは笑って言っていた。

「しかしメンバーを分けるにしても組み合わせがすごいな」
「そうか?」
「こちらが剣士二人で、向こうがアッテラ神官に、狩人、魔法使い。戦闘だったらバランスが悪い」
「構わんだろ、今回は戦闘じゃない」

 ……なる可能性はあるだろうが、と思いつつ、案外相性は悪くないだろうとセイネリアは見ている。
 とはいえ一般的に考えれば、前で敵を抑える前衛役が二人で組んで、あとは後衛ばかりで組んでいるのだから彼女の言う通りではある。

「確かに調査ではあるが、こちらはまだしも、神官と狩人、魔法使いなんて組み合わせは聞いただけですごい」

 だから彼女がそう言ってくるのも分かるが、少し気になる事もある。

「だが神官といってもエルはアッテラ神官だ。自分より前に出るのが相応しい人間がいれば後ろに引くが、基本はあいつも物理戦闘役だぞ」
「そうなのか、アッテラは治癒役でもあるからてっきり術用で待機しているものかと」
「アッテラの治癒は戦闘中に使えるようなものじゃない」
「そうだったのか……」

 どうやら本気でアッテラ神官というものが良く分かっていなかったらしい彼女に、セイネリアは少しばかり呆れる。
 確かにいろいろ組む戦闘職より、却って神官の方が他の神殿固有の魔法を知らないというのはよくある話ではある。だがここまで知らないというのは、彼女が本気で一人での仕事しか受けてこなかったという事だろう。
 ……分からない話ではないが。
 クーア神官と名乗って千里眼も転送もない事にがっかりされる上、予知に沿って戦う彼女は他の人間との連携は取り難い。もし仲間も未来を変える要因になり得るなら、却っていれば彼女にとって邪魔にさえなる可能性もある。

「エルは人に合わせるのが巧いし、エーリジャは経験年数の分立ち回りと判断がいい。どちらも腕は問題ないしもし戦闘になっても上手くやれるさ」
「そうか……そうだな」

 彼女は視線を遠くに向けて、どこか羨ましそうに微笑んだ。






 行方不明の人間が隠れる――となれば基本はあまり人気のない場所だろう。もしくは周囲に関心を持たない、詮索しない人々が集まる場所だ。周りが皆事情持ちだからあえて無視してくれる、なんてところだと尚いい。そしてここセニエティにはその条件におあつらえ向きな場所がある、つまりこの街の貧民街でもある西区の、その中でも南方面に位置するいわゆる西の下区というところだ。
 実際目撃情報のあった場所も半分がその西の下区、もしくはその周辺の通りというところからしてその辺りが怪しいのは間違いない。いやそもそもそういう胡散臭い事件は大抵西の下区かそこの住人が起こしている、と断言したっていいくらいだ。
 だから当然、その辺りからまず調べるという方針は理に適っているとは思うのだが。

「ぶっちゃけ俺ぁこっちの辺は殆ど入ったことねぇ」
「うーん、俺も来た事があるのは一度だけで迷って帰れなくなった事しかないね」

 エルはちょっと頭を抱えた。
 流石に自分より冒険者歴が長いエーリジャなら多少はこの辺りに来た事があるのではと思っていたのだが、狩人の発言は不安過ぎた。

「大丈夫ですよ、私がいますから。気にせず迷ってください」

 しかも魔法使いの頼もしいんだか不穏なんだかわからない発言が余計にエルを不安にさせる。

「だ、そうだよ、エル。なら大丈夫だ」

 いやそれでそう言い切るあんたは何だ、魔法使い信用しすぎだろ――とも思ったが、考えれば魔法使いが転送を使える段階で迷っても出口へ飛ばしてくれるという事だろうとエルは納得した。いや、そう自分を納得させた。

「地図もあるしね、問題ないよ」

 言って狩人は地図を覗き込んだが、実際の周囲の様子からすれば書き込んである道が少なすぎるのに気づいたらしく、見ている間に少しだけ笑みをひきつらせた。

「まぁ迷っても出られっが、地図通りの場所を調べるのは難しいってとこかね」
「……だね」

 地図の意味ねぇじゃねぇかよ、と思ったエルは、さっさと地図を丸めると懐にしまう。

「んじゃまー、ここはもう気にせずてきとに歩き回るかっ」
「そうだね、それでいいと思うよ」

 直後、エルはまた頭を抱える。
 割と半分やけくそで言ってみたのが気楽に同意されてしまって、エルの頭には先行き不安という言葉しか思い浮かばなかった。





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