黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【14】 クーア神殿が歩きで行ける程度には近くにある町や村では、貧しい家の子供は大抵、物心ついたあたりで一度クーアの神殿に連れていかれて適正を見て貰う。それで適正があると判断されれば家族は喜んで子供を神殿に預け、神官になって稼いでくれる日を夢見る事になる。 だから『適正がある』と言われた時の家族の喜びようと、だがそれが予知能力のみだと分かった時の落胆の差は酷かった。期待一杯で見ていた瞳が落胆の瞳に切り替わった時はとても辛かった――と、女はそう言っていた。 もしかしたら途中から千里眼も使えるようになれるかもしれないと、それでも親はそのままレンファンをクーア神殿に預けたが、結局その願いは叶わなかった。 言っておけば、一応予知でも別に神殿で仕事がない訳ではない。 神殿には数人の予知役神官がいて、彼らの予知を統合して神殿は定期的に人々に公表している。その予知役の一人になるという道もあったが、神殿の中でも期待されておらず扱いも低く楽しそうな仕事には思えなかった、だからこの能力を出来るだけ生かして剣士になろうと思った――寝物語で女が言っていた話はそれで、別にセイネリアは同情などしなかったが彼女の選択は面白いと思った。自分の能力を最大限に生かそうとしたその努力と、予知に任せる事にして目を塞いだその思い切りの良さには感心した。 ただ実際に彼女に言った言葉としてはたった一言、確かに面白いものを見せてもらった、とそれだけだったが。 翌朝も快晴で、今日は朝から早速調査に取り掛かる事になっていた。 その日の集合場所に一番遅れてやってきたのはエルで、来た途端大あくびをしたから、セイネリアは彼に笑って言ってやった。 「エル、お前が最後は珍しくはないが、体力が売りのアッテラ神官にしては随分眠そうじゃないか?」 エルはそこでギロリとこちらを睨む。セイネリアはやはり笑みで返す。 それでも彼はそこから文句を言ってくる事はせず、小さくぶちぶちと呟いた後、急に両手で自分の顔を挟むように叩いてから背筋を伸ばした。パン、と小気味良い音が鳴って皆の視線が彼に行く。 「よぉっし目ぇ覚めたっ。さぁ仕事だ仕事っ、アッテラ神官なめんな」 それでまた睨んできたからセイネリアも大笑いしたいのを堪えた。 だがそうして気合いを入れたエルは、そこでやっと足りない人間がいる事に気が付いた。 「あれ、カリンはどうしたんだ?」 「あいつはいない」 「俺が最後だったんじゃねぇのかよ」 「あいつは別行動だ。調査ならあいつの場合一人が一番やりやすい。一通り調べ終わったら顔を出すだろうよ」 それで街の地図を取り出したセイネリアを、エルがまたじとりと睨んでくる。 「あー……もしかしてと思うが、カリンも昨夜解散後すぐに仕事だった……とか?」 「だろうな、あいつの仕事は夜のほうがやりやすい」 するとエルは体が触れる程傍によってきて、こちらを肘で小突くと今度は小声で言ってくる。 『てめぇ最低だろ、部下仕事させて自分は女としけこむなんてよ』 だが。 「今朝のお前が言える立場か?」 とセイネリアが返せば、彼もぐっと表情を顰めて黙る。 そのエルの肩をエーリジャが叩いた。 「そういうのは部外者があれこれ言うものじゃないから、放っておいたほうがいいと思うよ」 「俺ぁ部外者じゃねぇだろ」 「部外者だよ、色恋沙汰ではね」 「……そらぁ……まぁ、そうだけどよぉ」 「そりゃもし君がカリンかセイネリアに恋愛感情を感じてるなら部外者とは言わないけどね」 それにはぶっと吹き出してから、ねぇよっ、とエルは即座に怒鳴る。それを楽しそうにエーリジャが笑っているあたり、この手の話題じゃエルはあの赤毛の狩人にも遊ばれているらしいとセイネリアは思う。 「とりあえずエルとエーリジャは昨日も言った通り、魔法使いと一緒に一度行方不明になった連中が目撃されたという場所を一通り見てきてくれ」 「ほいほい、てか数やったら多いんだが、これ回り切れんのか?」 「今日のところは西の下区を中心に頼む。まぁ、魔法使いがいるんだ、離れすぎてたら転送してもらえばいい」 言って魔法使いに視線を送れば、彼は了承のようにお辞儀をしてみせる。 「俺はレンファンと娼館巡りだ、何かあったらエルの石に呼び出しを掛ける。俺が何処にいるかは魔法使いなら分かるだろ」 それにも魔法使いが頷いたのを見て、セイネリアは口元を嫌味に歪める。魔法ギルドはセイネリアの行動を見張っている、それを肯定してくれたようなものだ。 「で、大きな問題がなければ宵入りの鐘がなる時間にあの酒場に集合、だな」 「あぁ」 最後にエルが確認してきて、それからすぐに彼らとは別れた。 --------------------------------------------- |