黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【13】



――とはいえ、本人を知ってたらまず狙わねぇよな。

 セイネリアに関して噂でいろいろ言われているものの、噂は基本誇張されるものだと普通は思う。だがこいつの場合は噂よりも本人の方がヤベェんだからよ、とは仲間として傍にいるエルが思うところだ。セイネリアを実際見てその戦いぶりを見た事があるなら、余程の自信がないとまず彼をターゲットにしてお手軽に名前上げなんて考えないだろう。
 確かに6人も姿を消して襲ってきたら相当の脅威ではあるが、それにしても相手が悪い。しかも今回は丁度よくヴィンサンロアの術も効かない人物がそばにいたことで、彼らの奇襲はまったくの無駄だった。
 というか……ご愁傷さま、とそこのヘロヘロの酔っ払いと彼の仲間にエルは同情したくなるくらいだ。

「ま、聞く事はこんなとこかね」

 一通り聞いた事を書き込んだエルは、紙を折ると懐に入れた。

「この男はどうするの?」
「あー、あんたらの好きにしていいってさ。邪魔なら酔っ払って暴れたとでも言って警備隊に突き出しゃいいし、恐らく仲間ンとこへは帰れない状態になってるだろうからかくまってやる代わりにコキつかってやるのもいいってよ」
「あの男らしーわねぇ、んじゃちょっと皆でいろいろ遊んであげよっかしらー。どこかに首輪があった筈〜♪」

 楽しそうに探し物を始めた女に薄ら寒いものを感じながらも、エルは彼女の部屋を出るとセイネリアを探しにいった。
 ……のだが。
 部屋の外にいた娼婦の一人に尋ねたところで、エルは早速肩をがっくりと落とす事になった。

「坊やならもうここを出ていったわよ〜。一緒にきた女と一緒に、ぴったりとくっついてね」

 それを聞いたエルの心の声としては、やっぱそういう事かよあの野郎、という一言で、思わず指をポキポキと鳴らして彼を追いかけようと腕まくりをした――いや、もし見つけられたとして、アレを殴れるとかは全く思っていないが気分的なところでだ。
 だがそうして鼻息も荒く娼館を出ようとしたエルの両脇は、がっちりと化粧の匂いの細腕軍団に固められた。

「欲求不満で溜まってるって聞いてるわよ〜、だぁいじょうぶ、坊やからよろしく頼まれてるから♪」
「へ?」

 あの野郎――とは瞬間思ったが、腕を抱かれて胸を押し付けられて、化粧の匂いに囲まれたらエルだって怒っていた顔が思わずへらっと緩みそうになる。

「アッテラ神官様ですものねぇ、やっぱり鍛えてるわよねぇ」

 言いながら、エルの大きく開いた胸元に手を入れて、細い指が胸板を撫でていく。

「んふ〜若いコだぁいすき、おねーさんにま・か・せ・て」

 そうかと思えば、背中に胸を押し付けられて耳元に熱く囁かれる。

「青い髪なんて珍しいわねぇ、アタシ気に入っちゃったわ」

 それでふっとうなじに息を吹きかけられれば、そこでぞわっとしない男はいない、いやいい意味で。
 勿論エルにとってはいくら両脇をがっちり掴まれていたとして女達の力など大したことはなく、力ずくで振り切れば逃げられる、逃げられる……のだが、逃げたくない、もとい、逃げたら男じゃないという気持ちもあるし、そもそもそこまでしてセイネリアを追いかける意味があるのかというのもある。
 なにせ、セイネリアに対して覚えてろよという気持ちはあるものの、結局彼を見つけられたとしたってただの出歯亀と言われれば否定のしようがない。そもそも実際見つけて本人を目の前にしたところで『何も出来ないだろ俺』なんて考えたら、追いかけても無駄以外の何物でもないと思う。
 だから冷静かつ理性的な判断により、ここは彼は追いかけないという選択を受け入れざるえなかったのだ――とエルは自分に言い聞かせた。





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