黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【12】



 アルワナは眠りと無意識の神である。主神リパと対極にいる新月を司る神は、眠りの神という事で永遠の眠りである死者の神でもある。使用魔法は基本眠りに関する術ではあるが、神官になると相当にヤバイ術ばかりになるため、アルワナ神官はその事を隠して生活しているものも多いという。

 エフィラの店は常連としてセイネリアも顔が利く場所で、アルワナの信徒である女はおもしろい情報を持っている事が多くて何度も寝ている。確かその女は半睡眠状態の相手に情報を喋らせる事が出来た筈で、早い話が催眠術というものだそうだが、意志が強いものには効かないらしくセイネリアには無理だと言っていた。
 この男の意志が強いかどうかは置いておいて、連れて行きさえすればどうにでもなる。意志が強いなら強いでその意志がどうにもならない状態にすればいいだけだ。

「本当に、あんたは悪党ねぇ」

 アルワナ信徒である娼婦サーファは、くすくすと笑うとしなを作ってセイネリアの肩に頭を乗せた。
 例の捕まえた男は椅子に縛りつけられたまま口の布を取り払われている。目は虚ろで半開きの口からよだれが落ち、どうみても正気の状態ではない。これがどういう状況かと言えば、単に酔っ払っているだけだ。

「これなら術が効くだろ?」
「えぇ、そうね。目が覚めたら酷い二日酔いでなーんにも覚えてなさそうだし、丁度いいんじゃない?」
「目を覚まさない可能性もあるかもだがな」
「そーね、ちょっと危ないかも」

 ちゃんと組織化した連中の一員であるなら薬も耐性をつけている可能性があったから、とりあえず連れて来て真っ先にここで一番強い酒を男に浴びさせる勢いで飲ませた。おかげでとんでもなく酒臭くてレンファンは部屋から逃げたくらいだが、男は完全に泥酔状態で意識がほとんどない。

「じゃぁ、聞いてみようかしらね♪」

 サーファがセイネリアの頬に軽くキスしてから意識のない男の方へ向かっていく。胸元から赤い石を取り出して男の目の前にかざし、呪文を唱えだす。

 アルワナの信徒、あるいは神官は、実は娼婦や男娼である事が多いという。特に神官は神官である事を隠して娼婦や男娼として各地に潜伏し、神殿に情報を集めているらしい。サーファから聞いた話では神官クラスになると睡眠石など必要なく、ただ呪文だけで相手を眠らせ、その記憶を好きに読み取ったり、眠っている人間を操る事さえできるという。確かにその術の特性からすれば、娼婦という職業は情報収集としては最適だろうとは思うところだ。
 ただし、『これからは娼婦と寝る時はアルワナの刺青をよく探しておこう』と言ったら、女は笑って『あんたなら大丈夫よ、付け入る隙がないもの』と言ってはくれたが。

「はぁい、おにーさん、なぁんでセイネリアを襲ったのかしらぁ?」

 酔っ払って正体をなくしている男は、娼婦の声にへらっと緩い笑いを浮かべると素直に答えた。





「くだらないな」

 不機嫌そうにそう呟いたセイネリアを見て、エルは思わず苦笑いをした。

「まーよくある話だな、お前最近ちょっと有名になりすぎたし」
「ならせめて下っ端だけにやらせず頭が出てこい」
「そらお前、トップが負けたらそこで終わりだからだろーよ」
「そんな腰抜けが俺を殺そうとするな。エル、とりあえず連中の名前と居場所、奴らの情報で聞ける事は聞いておけ」
「お前どこ行くんだよ」
「俺はレンファンの方を見てくる」
「あー、はいはい」

 そう言ってセイネリアが部屋を出て行ってからかなり経つ。
 セイネリアがそこまで不機嫌になった理由は簡単だ、襲って来た連中の襲撃理由がただ単に『有名人を殺して名前を上げる』なんてありがちすぎる内容で、しかも手下のヴィンサンロア信徒だけの不意打ち部隊で暗殺を狙ったという、あまりにも卑怯というか腰抜け過ぎる計画だったからだ。

 冒険者として名が上がってくると、それを倒せばそいつよりと強いと宣伝出来るのもあって勝負を挑まれたり、命を狙われたりというのはよくある話だ。だからこそ有名になってくれば仲間を集めて傭兵団や私設騎士団等を名乗り、自分の身を守る為の組織を作るものである。
 まぁセイネリアの実際の今の地位や評価はそこまでではないものの、派手な成果を上げているのもあって冒険者間の知名度はかなり高い。身を守る組織もない単独の有名人は名を上げるための恰好の標的になる、というのはよくある話だった。




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