黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【11】



 声を掛けられたエルは、男を縛りながらも彼女ににかっと歯を出して笑ってみせた。

「いやぁ、大丈夫だ。ってか強ぇじゃねぇか、あんた」
「その……掛けて貰った術のおかげだ、でなければ傷を負わせるのが精いっぱいで逃がしていたかもしれない」
「そっか、そう言われっと俺も気分いいぜ。言えばいつでも掛けてやるからよ」
「あ、あぁ、頼む」

 頬を紅潮させて嬉しそうにエルと話す様を見れば、思った通り、いやそれ以上の成果を出してみせた事で本人も気分が高揚しているのだろう。

「近い予知ほど信憑性が高いというなら、直前の事であればあるだけ正解である可能性が高い、という事だな」

 セイネリアが彼らに近づいていけば、顔を上げたレンファンが嬉しそうに答えた。

「そうだ、未来はその時その時でうつろうモノで確定はしていない。選択肢が多いだけその先に起こる出来事は変化しやすい。だが近ければ近いだけ変化の要因は少なくなる、だから予知の精度が上がる」
「確かに、剣を振る一瞬の中で結果が変わる事はまずないだろうな」

 セイネリアが続ければ、クーアの女神官は少し目を見開いて、そして満足そうに笑った。

「そうだ、一瞬先の事なら予知の精度は100%と言える」

 セイネリアは彼女の傍までくると、一度座って縛られた男の様子を見た。

「目隠しをするのは、予知に専念するためか?」
「あぁそうだ、ヘタに目で見てしまえば迷って反応が遅れる」
「成程、完全に予知任せなら相手が姿を消すのなど全く意味がないのは当然だな」
「あぁ、私相手に不意打ちは出来ない」
「まったくだ」

 男は確かに気絶しているだけなようで、服毒して既に死んでいたという事はなかった。。ヴィンサンロアは罪人の神というだけあって元罪人である者や暗殺者などの職業の者が信徒に多く、こうして襲って来た全員がそうであるというのなら組織化された犯罪者や犯罪スレスレの事をしている連中である可能性が高い。
 恨みを買った覚えならいくらでもあるから思い当たる事を考えるなんて無駄な事はしないとして、ここでこの男にヘタに死なれたり始末されると手がかりがなくなる。

「エル、縛り終わったら舌を噛まないように何か噛ませておけ。そのままこいつをエフィラの店に持って行く、あそこにはアルワナ信徒の女がいるからな」
「ほいよ」

 縛り具合を確認していたエルはそこで腰の布袋を手であさって何かの布を取り出すと、それを暫く眺めてから、まいっか、と呟いて裂き、ひも状にしてから男の口に噛ませて縛った。

「アルワナ信徒の……娼婦がいるのか?」

 セイネリアがその男を担いで立てば、暫くこちらの作業を見て黙っていたレンファンが聞いて来る。

「そうだ、いい情報を持ってる事が多いからな、よく会う」
「……成程、噂通りだな」
「噂?」

 聞き返せば、レンファンより先にエルが怒鳴ってきた。

「娼館が宿代わりな程の精力魔人。首都の娼婦でお前の顔を知らねぇ女はいないって奴だよ」
「そんな噂もあるのか」
「だよ、知らねぇのか」
「その手は似たようなのをいくらでも言われてるからな、いちいち気にしてない」
「多少は気にしろ、カリンが可哀想だろーがよ」
「何故あいつが出てくる」
「いやっ、分かれよっ」

 とはいえエルもまったく気にした様子のないセイネリアの様子に諦めたらしく、もういいよ、と怒鳴ると黙ってセイネリアについて歩きだした。ただその代わりとでもいうのか、レンファンが近づいてくるとこっそり耳打ちしてきた。

「私が聞いた噂も似たようなものだが、女はとりあえず食っておく手の早い男というのもあったぞ」
「別に手が早い訳でもないな、大抵は向うから誘ってくる」
「だろうな……分かる」

 セイネリアが視線を彼女に移せば、女性にしては背のある女は意味ありげに唇を吊り上げて笑って見せた。





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