黒 の 主 〜冒険者の章・五〜 【9】 追いすがるように集まってくる敵を見ずに剣で振り払えば、血が散りながら敵の姿も散っていく。敵のリーダーらしき男は叫んで周りの連中をこちらに向かわせるも、その所為で自分の周囲が手薄になった事に気が付かない。目先の恐怖に必死に叫ぶ――その、額が撃ち抜かれるまで。 蛮族の偉い奴は分かりやすい。ここいる蛮族達では一番派手な恰好をしていた人物、族長か何か、ともかく地位が高いだろうリーダー格の蛮族の姿が崩れ落ちる。 続けて、その周囲に残っていた側近だろう者達も次々と撃ち抜かれて倒れる。今や、磔にされた捕虜の傍に立っている蛮族は一人もいなかった。 期待通りに仕事をしてくれたエーリジャに満足して、セイネリアは敵を振り切って捕虜の傍にたどり着いた。流石に縄をほどく暇などないから磔にした木ごと引っこ抜いて、それを担いで今来た道を今度は戻る。 振り向けば、当然ながら視界全部を埋め尽くす程の敵の壁が道を塞いでいた。 けれどもその程度は想定済みだ。敵の中に一人で突っ込むなら帰りの方が難易度は上がるのなんてわかりきっている。一人の敵ならと無視していた連中も、これだけ暴れれば集まってくるのも当然だろう。 セイネリアは腰の小袋――実はこれには穴があけてあって、ここにくるまでの間も少しづつ撒いていたのだが――を腰から取ると絞っていた口を開き、出来るだけ遠くまで、残った中身が派手にぶちまけられるように投げた。予定通りそこへ火矢が飛んで来れば、袋の中身であったランプ用の魔法の粉に火がつく。撒かれた粉は連鎖するように炎となり、更には火の神と風の神の神官がそれを立ち上る火柱に仕立てあげる。 そうして――粉を被った所為で自身もその火を纏いながら、セイネリアの前には炎の道が出来上がった。 燃え盛る炎に、蛮族達は慌てて逃げ惑う。 その火柱の道の中心を平然とセイネリアは捕虜のついた木を担いで走っていく。 照明用として使われる魔法の粉によって燃える炎には熱がない。だから逃げ惑う蛮族達を後目に、セイネリアは堂々と炎の中を行けばいい。すぐに蛮族達も熱くないのに気がつくが、その時には壁となっていた連中は突っ切れている。後はひたすら走り抜ける事だけを考える。強化系の術が切れるまでに戻らなければならない――最後は時間勝負だ。 敵の相手などしてる暇はないから、『盾』の呪文が効いている事を信じてセイネリアはただ走る。 痛覚を切る術は断ったから、大きな痛みがない内は致命傷を負ってはいないと考えていい、走れるのなら問題はない。 吼えて、叫んで、ただ走れば、蛮族達も恐怖に足を止める。たとえ一瞬でも敵が怯めばもうけものだ、それだけ突っ切りやすくなる。 だがそうして走れば、想定より近い位置で味方がセイネリアを出迎えた。 「早く行けっ……まったく」 文句をいいたそうな声のアジェリアンと彼の仲間の横をセイネリアは走り抜ける。 「さっさと中いって治療受けてこいよっ。っとにお前と組むといくつ心臓があっても足りやしねぇ」 エルの言葉には笑って、だが声を返す程の余裕はない。 「申し訳ないっ」 そう声を掛けてきたのは、騎士団の者達だった。 「ご無事で、大丈夫ですか?」 途中からはカリンが傍について共に走っていた。 それから、待ち受けていた治療役のリパ神官の面々が見えた時点でやっとセイネリアは足を止める。 隊長が磔にされた木を下せば、縛りつけられた縄を外そうと人々が集まってくる。 そこでやっと大きく息を吐いたセイネリアは、座り込んで呟いた。 「生きては、いる……かなりヤバそうだがな」 言われてリパ神官達が騎士団の者達をかき分けて、磔の隊長の傍に集まる。 その様を見ていれば一気に体から力が抜けて、セイネリアはアッテラの強化術が切れたのだろうと思った。 「どうぞ、水です」 カリンから水袋を渡されて、セイネリアは無言で受け取る。喉に水を流し込めばやっと息が整って、セイネリアはまた大きく息をついて口元を乱暴に拭った。 それから残った水を体に掛けて纏わりつく火を消すと、やっと口元を僅かに緩めて呟いた。 「カリン……俺は間違いなく生きているな?」 彼女は困惑した表情でこちらを見つめ、それからおそるおそると言った風に返事を返してきた。 「はい、生きてらっしゃいます」 セイネリアは満足げに口元に笑みを浮かべると空を見つめ、思う。 ――どうやら、まだ俺は生きているだけの価値があるらしい。 --------------------------------------------- |