黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【8】



 実際蛮族達と戦ってみて、セイネリアは気付いた事があった。
 彼らはいかにも軍隊のように集まっていても、戦闘の成果はあくまで個人主義だ。だから基本、協力して敵を倒すという事はほぼない。味方を利用して倒そうとして結果協力したような形にはなる事はあっても、最初から『皆の手柄』なんて事は考えない。先ほどアジェリアンと戦っていて、その場にいる全員で一斉に襲ってこなかったのもその所為だろう。自分は死にたくないが誰かが仕掛けるのを利用して敵を殺してやろうと、お互いけん制し合って掛かってくるのに躊躇していた。更に言うなら『誰が倒したか』を明確にしたいからこそ、完全同時に襲っても来ない。だから二人であれだけの数を足止めが出来たのだ。

 それを考えれば多分、セイネリアが一人で突っ込んで行ったとしても一斉に敵に攻撃される事はないと思われた。大勢でつっこめば大勢が襲ってくるだろうが、たった一人の獲物だったら目指した周囲にいる連中以外の敵は動かない可能性が高い。

「――ったく、ほんとにお前って命知らずっていうか……馬鹿度胸だけありすぎるよな」

 エルは言うが、しぶしぶ強化魔法の準備に入る。
 レイペ信徒のデルガとリパ神官のフォロも術の準備に入っている。その他にも、風を操る神官が二人と、吟遊詩人らしき男が準備に入っているのが見えた。実を言えばその他の神官連中も何かやってくれるらしいが、セイネリアはそこまで神殿魔法に詳しくはないからせいぜい逆効果になる事だけはしないでくれと思う程度だ。
 次々と術を重ねられて、体の各所が妙な疼きを訴え始める。
 エーリジャが大きめの弓を構えて、捕虜になった隊長様の方に狙いを定めたところでセイネリアは言った。

「さて、行くか」

 そうして、セイネリアは走り出した。
 二段階の強化を掛けている足は軽く、強い追い風が更にこちらのスピードを上げてくれる。もちろん矢はいくらか放たれてきているが、それらは周囲を取り巻く風達が排除してくれて止めるモノは何もない。
 おもしろいくらいの速さで敵が近くなる様には自然と笑みが湧いて、慌ててこちらに向かってくる連中にセイネリアは吼えた。
 ぶん、と派手に剣を振り回せば先頭の二人が吹っ飛ぶ。
 剣はもう素ではただのなまくらだが、レイペの魔法で無理矢理切れ味を上げている。だから吹っ飛んだ体が落ちた後に千切れた手足が更に飛んで、迎え撃とうとしたほかの敵にぶつかり悲鳴が上がった。
 次に掛かってきたのは三人、だが大柄な一人目は大きく剣を振りかぶった段階でエーリジャの矢で額を撃ち抜かれ、それをセイネリアが体当たりで倒せば後ろにいた二人はその男の下敷きになって一緒に倒れた。
 そこへ今度は六人、捕虜の近くに行けば行く程敵は増える。
 それでも敵は一斉に襲い掛かってこない。一番腕に自信のありそうなやつが振り上げてきた剣を剣で受けて力一杯に弾き返せば、その勢いを受け止めきれず相手は腕を上げて無様に腹を晒す。それを思い切り蹴り飛ばす、ふっ飛ばされた男が後ろから来た者を巻き込む。それだけで3人が地面に倒れ、その所為で敵の壁が割れたところを抜けようと、セイネリアは倒した男を踏み台にして軽く跳躍し、着地点にいた男の頭に剣を振り落とした。
 ただそれは少し派手にやりすぎたようで、噴きあがった血しぶきに一瞬視界が塞がれそうになってセイネリアは舌打ちする。
 しかもその隙にどうやら敵の攻撃が当たったらしく、軽い衝撃でそれ知ってセイネリアは歯を噛みしめる。調子に乗りすぎだと、自分で自分に悪態をつく。
 とはいえそれでも体が傷つくことはない。なにせ今はリパ神官の『盾』の術を持続呪文で掛けて貰っている、運悪く息継ぎの合間に攻撃を食らわない限りは敵の武器はこちらに通る事はない筈だった。

「どけっ、邪魔だっ」

 また吼えて、セイネリアはわっと飛びかかろうとしてきた連中を剣でまとめて薙ぎ払った。
 そこでやっと、捕虜の姿と、その傍にいるこの中でも一番偉いだろう周りから一際目立つ派手な恰好の敵の姿が見えた。
 セイネリアはまるで歯を噛みしめるように、犬歯をむき出しにして笑う。

――頼むぞ。




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