黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【10】



 その後は殆ど戦闘らしい戦闘が起こる事はなかった。こちらは囲まれてはいたものの敵も思い切って総攻撃を仕掛けてくる事はなく、睨み合いの合間にちょっとばかり手を出してきたものを撃退する程度の状態が続いた。
 その後、砦からの更なる救援部隊が着くと同時に敵は撤退し、セイネリア達は無事砦の敷地内に戻る事が出来た。

 セイネリアが救出したグノー隊長は重症だが命に別状はないそうで、セイネリアには特別報酬が出る事は既に上から通達があった。
 稼ぎで言えば、このまま無事帰れれば十分過ぎるくらい貰えるのは確定だ。
 ただし、敵は今日の戦いの後、近くにかなりの数が集まり出したという事で、次は大群で攻めてくるだろうと言われていた。このまま平和に帰れると思うのはまだ早いという事だ。

――まぁ、これで終わりでは面白くないしな。

 なにせまだ噂の槍騎兵隊というのも見れていないし、騎士団の連中の状況というのもあまり見れていない。今のところ分かっているのは騎士団連中は傭兵以上に戦い慣れしていないとその程度で、レベルがあまり高くないというくらいしか言えることがない。
 グノー隊長という奴も出来る者なのかそうでないのか、戦う姿を見てはいないから判別のしようもない。蛮族共が騎士団兵をわざと狙ったというのなら、彼が捕まったのをただのまぬけと言うつもりもなかった。……ただ微妙に気になるのは、その隊長の下についていた筈の連中が殆ど助かっていない事で、どういう状況で彼が捕まったのかには興味があった。

「今回で分かったわ、お前が俺に強化を掛けてくれって言う時はこれから無茶しに行くぞって事な訳だな」

 じとりと目を細めたエルに言われてセイネリアは笑う。

「それはそうだろう。普段はいらないのだから、強化が欲しい時は『普通のやり方ではどうにもならない時』に決まってる」

 言いながら木製コップの中身を飲んで、セイネリアは僅かに眉を寄せた。現在は戦闘前で禁酒令が出ているから酒は飲めない。ただ今回の功労者であるセイネリアとこの隊の連中には特別にぶどうの絞り汁入りの水が配られたので皆で飲んでいる訳だが……酒の代わりにならないのは分かっていたが、正直、世辞にも美味いものではなかった。

「美味くないか? それでも十分贅沢品だぞ、普段なら隊長クラスしか飲めない」

 アジェリアンがこちらの顔を見て笑って言う。

「有り難がって飲む気にはならないな」

 セイネリアが吐き捨てれば、アジェリアンの隣にいた女神官のフォロが言った。

「そうですか? 私は美味しいと思いますが」
「私も」
「俺も美味いと思うがね」

 彼女の言葉に肯定を返したのはエルと女戦士のヴィッチェだ。

「つまり貴様らは甘いモノが好きなんだろ」

 セイネリアが言えば、気まずそうに遅れてカリンも言ってくる。

「あの……私も、美味しいと思います」

 彼女も甘いモノが好きだったというのはセイネリアにとっては初耳だったが、考えれば女は甘いモノ好きが多いかと思い出す。娼婦に菓子を渡すと喜ぶから、セイネリアがシェリザ卿の下にいた時は菓子を貰えばそのまま彼女達に渡してやっていたものだ。

「魔法使いから聞いた話では甘いモノは体力回復にいいそうだからな、一応有り難く飲んではおくさ」

 言って飲めばアジェリアンも、同意する、と言って飲み干し、苦い顔でコップを置いた。それに回りから笑い声が起こる。

「ともかく、少なくとももう一回は大きいヤツがあるだろう。全部終わって生き残れたら今度はちゃんと酒で祝杯だ」

 アジェリアンのその言葉に、彼の仲間たちが同意して持っているコップを掲げた。




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