黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【11】



 今日の戦闘の功労者という事で今夜の見張り番も免除となり、アジェリアンの隊の面子はその夜は全員が夜は睡眠をとっていい事になっていた。それでもいよいよ大規模襲撃が近づいてきた所為か起床時間は早くなっていて、ならばさっさと寝た方が得だと大半の者は早く横になったのだが……そんな中、そうではない者が二人。彼らが抜け出した時に気づかなかった者はそれなりにいたが、明らかに本人がいない二人分のスペースは特に隠したりカモフラージュされていた訳ではないから、結局は全員がそれに気付く事にはなった。

 ただし、丁度半月に当たるアッテラの月が天井を過ぎた頃、その内の一人が帰って来たのに気づいたのは二人だけであったが。その一人、エーリジャについては彼らが何故いなかったのかその理由が分かるからこそ無視してそのまま寝たふりをしていた。ただもう一人……帰ってきたカリンと比較的近い位置で寝ていたヴィッチェは、そっと横になったカリンに近づいていくと小声で話しかけた。

「ねぇ、あの男は一緒じゃないの?」

 そもそも気付かれても仕方ないと思っていたカリンは声を掛けられた事には驚かなかったが、聞かれた内容の意図が分からなくて困惑した。

「はい、私は私の用事があったので」

 こういう場合、まずはどこに行ってたのかと聞いいてくるのではないかとカリンは思ったが、答え自体は素直にそのまま話した。セイネリアからもパーティのメンバーには抜け出しているのがバレても構わないし、聞かれたら話していいと言われていた、隠す必要はない。

「なによ、二人していなくなったからてっきり……」

 呟いた彼女の言葉の意味は、やっぱりカリンには分からなかった。

「てっきり?」
「……だって貴方あの男とそういう関係なんでしょう?」

 そういう関係とは何か……カリンには理解出来なかった。

「そういう関係、というのは?」
「だーかーらー……恋人、なんじゃじゃないの?」

 小声での言い合いとしては少し大きい声を出してしまって、彼女は言った直後に口を押さえた。
 だがそれでやっとカリンも彼女の言いたい事が分かった。

「私はあの方の部下です」
「いやそれは言動から分かるけど……でも……恋人じゃないの?」
「はい、部下です」
「だからぁ部下だけど……そういう関係もあるんじゃないのって話よ」
「ですから『そういう関係』というのは何でしょう?」

 話が戻ってしまった所為か、ヴィッチェは明らかに顔を顰めた。普通なら暗くて分からないところだろうが、カリンは訓練の所為もあって夜目はかなり効いて彼女の表情があれこれ変わっている様がよく見えていた。だから思う、何故彼女はこんなにも狼狽えているのだろう、と。

「だから、その……寝てるんじゃないのかって……話よ」

 怒ったような彼女の声に、今度こそカリンは『そういう関係』の意味が分かって笑って返した。

「はい、ですが私はあの方の部下です」

 つまり彼女はセイネリアとカリンの両方がいない事で、『そういう事』をする為に二人で天幕を抜け出したと思ったのだろう。

「なにそれ……部下だから、そっちの関係もあって当然ってこと?」
「はい、私はあの方のものですので」

 ヴィッチェの顔は益々顰められる。というか彼女は怒っているらしい。

「そんなのだめよ、横暴じゃない、何それ」
「ですがそれを望んだのも選んだのも私です」

 カリンは誇らしげに答えた。
 ヴィッチェはそれに暫く驚いた顔で黙っていたが……暫くして、唐突にぎゅっとまた顔を顰めた。

「ちょっと待ってよ……あーもー……じゃぁそれはそれでいいわ、それであの男はどこ行ったのよ?」

 嫌そうに顔を覆いながらヴィッチェは聞いて来る。彼女の怒る理由が分からずどう言えばよいのだろうと考えながら、カリンはこれにも正直に答えた。

「主は、騎士団の女騎士の方に声を掛けられたので……」
「ちょぉっと待ってよ、何それ、馬鹿なの?!」

 それは完全に怒鳴り声で、どう考えても小声のやりとりで収まっていなかった。しかも彼女は興奮ついでに起き上がって、最早寝たふりが出来なくなった他の面々の視線を一身に受ける事になってしまった。

「あー……うん、そっちの方面であいつを怒りたい気持ちはよっく分かるし代わりに謝っておくくらいだけどよ……まぁ、気にしねぇほうが精神衛生上いいと言っとくぜ」

 気まずい空気に仕方なくエルがフォローすれば、ぎこちない笑みを浮かべて他の面々もヴィッチェを宥めだす。

「ヴィッチェ、そもそもそういうのはあまり大声で皆に聞こえるように話すものじゃねぇかと」
「あぁ、当人以外は聞くべきじゃない話だと思うし」

 仲間たちになだめられて、女剣士は小声でカリンに謝った。
 カリンとしては彼女が怒った理由も、謝った理由も、実を言えばよく分からなかったが。

「……あれだヴィッチェ、そのお嬢さんに言っても仕方ねーだろ、言うなら明日にでも本人に言えや」

 最後に年長者であるクトゥローフが言ったその言葉には、彼女も頭が冷えたらしく大人しくまた横になった。それにリーダーであるアジェリアンが更に言う。

「なんだその……そういうのは当人同士の問題だしな、あまり他人がどうこういうモノじゃないと思うぞ」
「分かってるわよっ」

 それには少し不貞腐れた声が返って、アジェリアンもそこで何も言えなくなる。それで一応この話はそこまでにはなったものの気まずい雰囲気は変わる事なく、そのまま皆もどこかもやもやしたものを抱えながら各自眠りにつく事になった。




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