黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【12】



 一応クリュースでは女は男より『弱い者』とされているし、法律もそれに基づいて男より女に暴行をふるった方が罪は相当重くなる。ただ冒険者が男女関係なくなれることもあってか他の封建国家からすれば男の仕事をする女も多く、騎士団兵にも少ないがそれなりに女はいた。
 どんな場所でも男と女がいれば『そういう事』になるものが出るのも当然の事で、だから夜中に部屋や天幕を抜け出して物陰で会って――というのも別に珍しい事ではなく、堂々とやれば規律違反でもこっそりする分には騎士団側としても見逃すというのが普通、という事だそうだ。
 とりあえず、誘ってきた女騎士が言うには、だが。

「そうね、正直なところあの隊長さんが助かって上の連中は喜んでるでしょうけど、他の団員達は……ムカついてる、かしらね」

 女だてらに騎士になるだけあって体格のいいエレステアは、言うと同時に含みのある笑みを浮かべた。セイネリアは更に彼女に尋ねる。

「つまり、あのグノー隊長様は無能で使えないが、貴族としては殺すとマズイ程度には偉い、ということか?」
「そんなところ。あいつ自身は家督を継げない三男坊だけど、親が宮廷貴族としてちょっと名前の通った人物だから、みすみす殺したとなったら上の連中の何人かは首が飛ぶんじゃない?」

 それを笑って言う当たり、隊長だけでなく上層部も下に嫌われているのが分かる。

「ならそもそもそんな奴の隊を戦場に送り込んだのが悪い」
「いろいろあるのよ。ただまぁ、こんな危険な戦いになる筈じゃなかった、というのはあるんじゃない?」
「成程」

 上層部が蛮族達を馬鹿にして戦力調整を見誤った、というのはまさしく今日の戦闘の件でもある。そこは大いに納得できるところだ。

「後もしかしたら本人が希望したのかもね。グノー隊長はロクな腕はないけど自己顕示欲だけは高いから。どうせ他の隊長は行きたくないって連中ばかりだし、志願すればあっさり通ったと思うわよ」

 グノーは命に別状はないものの、治療には時間が掛かるということで首都に送り返されていた。だからセイネリアは礼の言葉を伝えられただけで本人には会っていないのだが、話からすれば『血の気が多いのに能力はない馬鹿貴族』という評価で間違ってはいなさそうだった。
 ……となれば、彼の隊の連中が殆ど全滅したのも大体の予想はつく。

「無能はへたにやる気がある方が害悪だな」

 呟けば、女騎士はケラケラと楽しそうに笑った。

「まったくね、死んだ連中はあの無能隊長様に率いられて敵のド真ん中にでも突っ込んじゃったんじゃない? アレなら他の隊長みたいにやる気なくて遊んでるだけの方がマシよね」

 彼女はこちらの隊と組んでいる首都からきた騎士団部隊の一人で、今日の戦闘後、砦に無事帰ってこれた時に声を掛けてきて就寝時間後に会う約束をした。
 女が男に夜中抜け出して会おうと言えば理由は聞くまでもなく、セイネリアとしても別に拒む理由はない。それどころか騎士団関係者に話を聞きたいところだったから丁度良くもあった。騎士団の腐敗ぶりは聞いてはいるが実情というのは分かっておらず、今回の件については『グノー隊長の部隊がどうしてあそこまで壊滅的な状況になったのか』が気になって確認をとりたかったというのもある。

「他の隊長……というか、騎士団の隊長様は皆そんな腑抜けばかりなのか?」

 ますます彼女は声を上げて笑うが、少々自分の声が大きかったのに気付いたのか口を押えて辺りを見渡してから言葉を返した。

「えーぇ、そうよ、皆貴族の次男坊以下、家督を継げないけど騎士団に入れば貴族だから役職を貰えてとりあえず食っていける、て事でいる連中ばっかり」
「お前の隊長もそういう人物か?」
「えぇ、例に漏れない腰抜けのボンボン。でもまぁかなりマシよ、ヘタにプライド高くなくて、臆病だから助かる為には部下の言う事聞いてくれるもの」

 彼女の隊は敵と会って乱戦になってすぐ、隊長が後衛部隊を探して合流しろと言い出したそうでほぼ全員が助かっていた。ただ組んでいる筈の傭兵部隊(こちら)が戦っているのを見てその隙に逃げると言い出したそうだから、クズという事は確定している。




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