黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【33】



「そんなに村では有名人なんですか、アジェリアンは」
「えーもーね、村の中限定なら一番の有名人で村の誇りよ」

 そこで少し不貞腐れたように唇を尖らせたビッチェは、膝を抱えたまま少し寒いのか体を丸めると、今度は静かな声で話を続ける。

「家が近くて、特に面倒を見てもらった覚えのある二人の少女は、16になった時、思い切って二人で首都に出てきました。勿論憧れのヒーローを追ってね。……面倒見のいい彼は実力的に足手まといでしかない二人をそれでもパーティーに入れてくれました。フォロは私みたいに戦えないからって、神学校に入ってリパ神官になることにしたの。私はその間もアジェリアンに鍛えてもらって必死に強くなろうとしたのね」

 静かに思い出しながら話すビッチェの横顔を眺めながら、カリンは黙って聞いていた。今のビッチェとフォロから考えただけで、当時の二人の様子は容易に想像できた。

「でも、認めてもらえるくらい強くなるって簡単な事じゃないのよね。女だから正直筋力的に難しいとこもあったし。その間にフォロは神官になって……正直、そこまでちょっとこっちの方がリードしてた気になってたけど、そこで一気に抜かれちゃった気がしたのよ。だって、魔法使えるってだけでもうフォロはパーティーで立派に彼女にしか出来ない役目があって、もともと彼女の方がいかにも女の子してて可愛いし……やっぱ男ってあーゆーいかにも守ってあげたいタイプの方が好きじゃない?」

 そこで唐突に同意を求められてカリンは戸惑う。

「そ……そうでしょうか?」
「そうよ、だってフォロは仕事に行くとかなりの確率で口説かれるのよ。勿論、アジェリアンの目があるから皆すぐ諦めるけど。貴女も声掛けられるんじゃない?」
「いえ、そういう事は……」

 あぁそうかあの男にあれだけべったりじゃね――と、カリンの答えにビッチェはぶつぶつと呟くと、またため息をついて今度は足を伸ばすと両手を地面に置いた。

「まぁだから、せめてそっちで勝てなくても、信頼されて背中を任せてもらえるような関係になれるかなーってがんばったん……だけどなぁ」

 呟きながら、ビッチェはまた膝を抱えるとその膝に顔を埋める。
 泣いている様子はないから、カリンは彼女が何か言うのをただ待っていた。

「アジェリアンが怪我したのは私のせいよね。私が焦ってポイントほしくて勝手に出て行ったから……これでまだ彼のそばにいたいなんて厚かましいよね、村に帰った方がいいかな……」

 泣いてはいないが泣きそうな声ではあって、けれどカリンは彼女の顔をみようとはしなかった。

「それは私には分かりません。本人に直接聞くべきでは?」
「アジェリアンは優しいから聞いても、帰れ、なんて言わないわよ」
「でも彼は嘘はいわない方だと思います。貴女がハッキリ聞けば、本当に彼がどうしてほしいか言って下さると思います」

 ビッチェが顔を上げる。それを確認して、カリンは彼女に笑いかけた。

「後は貴女次第だと思います。首都に残って冒険者を続けたいなら、どうしてそうしたいのかはっきりと彼に告げてみるべきです。貴女が帰りたくないというなら、それだけの覚悟があることを示せば……彼は認めてくれるのではないですか?」
「そう……かなぁ」

 少し不安そうに顔を曇らす女剣士に、カリンは笑顔で返した。

「少なくとも私の主は、覚悟を示した者は認めてくださいます」

 ビッチェにはそれに苦笑すると、ふーん、といいながら抱いている自分の足に顎を乗せた。正直カリンには彼女の気持ちでわからない部分もいろいろあったが、彼女がアジェリアンに憧れていて彼の傍にいて彼に認められたい、とその気持ちは理解できた。それだけは、自分の事を重ねて共感できた。




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