黒 の 主 〜冒険者の章・五〜





  【3】



 北の大国クリュース、もしくは自由の国クリュース――周辺国家からそう呼ばれて久しいこの国は、国と国が戦う大規模な戦争は近年ないといって良かった。なにせ魔法が使える事、潜在戦力として多くの冒険者達を囲っているという事、そしてなにより国力……つまり圧倒的な国の豊かさに、嫉妬はしても表立って敵対したいとはまず考えないというのが他国の事情だった。その為クリュースに対して、国の名を掲げて小競り合い程度とはいえ仕掛けてくる国は基本的にはあり得ない。

 だからこうして度々国境の砦に戦闘を仕掛けてくるのは、ほぼ百パーセント戦闘好きの少数部族、クリュース国内では『蛮族』と呼ばれる北西方面に点在する者達となる。
 部族同士の仲が悪い彼らは基本的に協力する事はなく、大抵は一部族が突発的に仕掛けてくるだけ、の筈なのだが……こうして傭兵を募集までして戦力を整えたという事は、どこかの部族同士で手を組んだか、もしくは大きな部族が戦いを呼び掛けていたか、どちらにしろ偵察部隊がかなり大規模な戦の準備をあちこちで見て来たという事だろう。

「我々が到着する4日前と6日前、既に軽い戦闘があったようだ。まぁ実際襲ってきたというより、様子見にやってきた連中と軽くやりあった感じだったようだが」

 天幕の中、会議から帰ってきたアジェリアンがこの砦の現在の状況を皆に話す。現在、この天幕にいる人数は11人。つまりこの隊はセイネリア側が4人にアジェリアン側が7人という構成となっている。
 カリンが全員初対面なのはいうまでもなく、セイネリアもアジェリアン以外ではこの間の樹海にも来ていたデルガとテッサが分かる程度だ。ただ顔の広いエルは一通り仕事で組んだ事はあるらしく、エーリジャはアジェリアンだけには面識があって他は知らないという事だった。一応顔合わせとして仕事前に一度酒場で会っているから、現状互いに一通りの名前は分かる程度の間柄にはなってはいた。ただし、こうして話を聞く場合はなんとなく普段からの仲間同士で固まって座る傾向が出るのは仕方ない。

「ま、今夜の見張り番はウチじゃねぇそうだからありがたくしっかり寝とくことっ、寝れる時に寝て食える時に食うのもお仕事だと思っとけ」

 アジェリアンの横にはエルがいて、アジェリアンの話にフォローを入れたり冗談を入れたりして話が硬くならないようにしていた。エルの顔の広さと人付き合いの巧さはこういう時に役に立つ。アジェリアンも頭のいい男であるから、全員と既知の間柄であるエルには連絡役として遠慮なく細かい仕事を頼んでいるようだった。

「……で、セイネリア、お前の予想はどうだ」

 一通りの会議の報告が終わってアジェリアンがそう聞いてきたから、セイネリアは横になっていた体勢から徐(おもむろ)に起き上がった。

「既に戦端が開かれてるなら、さほどまたずに敵に動きがあるんじゃないか? 蛮族共は計画的にじっくり策を練ってくることはまずなく、基本はその時の気分の盛り上がりのまま仕掛けてくる連中だという事だしな。……ただ、俺はまだ本当に蛮族共と戦った事はない。その辺りは実際戦った事があるそちらの意見を尊重する」

 ここまでの移動も合わせると既に十日程共に過ごしている仲ではあっても、セイネリアが発言をするときは全員に妙な緊張感が走る。発言が終わると、ほうっと息を抜いた者が数人いて場の空気も和らぐが、その一度気が緩んだところでセイネリアは更に言葉を続けた。

「ただし、軍全体に禁酒令が出ていて、見張りの数も、斥候に出る連中の数も日に日に増えてる。砦兵の連中は訓練の時間も整列と装備確認だけで実際の訓練は殆どしてない。……つまり上の連中はいつ奴らが襲ってきてもおかしくない、とは思っている、ととれるな」

 こういう場所の場合、やはり砦兵にくらべて傭兵側まで降りてくる情報というのは少なくなる。だから夜の度にカリンに敷地内を少し探らせ、警備兵や見張りの数、また彼らの会話をセイネリアは確認していた。

「その状況で敵が近くに集結してきている、という情報がないという事は、もう1,2度は偵察部隊で戦闘が起こる可能性が高い。俺たちが出るような派手な戦闘は、やつらが近くに集まり出してからだろう」

 そこまで言い切ってまた軽く寝転がれば、暫く黙っているだけの面々がざわつきだし、アジェリアンが呆れた声で言ってくる。

「蛮族と戦った事がないとは……それだけ奴らの行動に詳しくてよく言ったものだな。……まぁいい、貴様の意見には俺も全面的に同意する。ただちょっとした小競り合いが思った以上に大きくなる可能性はある。その時はこちらも駆り出される可能性は高いからな、各自声が掛かったらいつでも戦えるように準備だけは万全にしておいてくれ」

 それで話は終わりという事になったのだが、その後アジェリアンが近づいてきたのはいいものの、彼の仲間まで集まってきてセイネリアは寝ていられなくなってしまった。




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