黒 の 主 〜冒険者の章・四〜 【2】 「最初からお前なら戦場でも問題ないとは思ってたさ、だから誘ったんだしな」 「断って悪かったな」 「いや、構わんさ」 そうしてまた唇に笑みを浮かべた上級冒険者の騎士は、そこで背伸びをしてこちらを見上げてくる。 「そうだ、槍騎兵隊の戦い方の話だったな、俺は一度だけ見た事があるんだが……確かにありゃ敵からしたらたまったものではないと思ったぞ」 明らかに話題を変えるような言い方ではあるが、セイネリアとしても興味のある話なためそれに付き合って聞き返した。 「そんなにすごいのか?」 「あぁ、あれは一見の価値がある」 「何がすごいんだ?」 「そこはあれだな、聞かずに見たほうがいい」 「貴様……最初から話す気がないのに話を振ってきたのか」 セイネリアの声が呆れ気味だったのが分かったのか、アジェリアンがクックと喉を揺らして笑う。 「まぁヒントは言っておく。建国王アルスロッツは戦いに勝つ事だけを考えていた訳じゃなかった、だ」 「建国王……か」 呟いて、セイネリアは考える。 クリュースの人間なら大抵知っているこの国を作った王の話――彼の時代、魔法使いは誰からも忌み嫌われ、恐れと迫害の対象だった。まぁ、いつの時代もお約束だ、特殊な力を持つ少数派は恐れられ、自分たちの地位を守る為に力を持たない一般人達はそれを排除しようとする――でなければいつ自分たちが排除される側になるか分からない、生物の種としての生き残りをかけた本能という奴だろう。 そんな時代に、建国王アルスロッツは魔法使いと手を組んだ。 当時、誰もが忌み嫌っていた魔法使いと手を組むのは、敵を更に作る事にもなるだろうが魔法という絶大な戦力を手に入れる事でもある。もともとの勢力として弱い立場なら、一発逆転を狙って魔法使いと手を組むという選択肢は確かにアリだろうとセイネリアも思う。 ただ、アルスロッツの優れていたところは、魔法の力をこれ見よがしに使いまくらず、ちゃんと勝って国を作った後のビジョンも持って上手く使っていたところだ。 セイネリアもシェリザ卿のもとにいた時分、彼の伝記については好んで読んだが、確かに頭のいい男だったらしいと思うエピソードはいくつもあった。なにせ最終的には、本気で魔法使いと一般人が共存しあう国というのが出来たのだから、類稀(たぐいまれ)な頭を持った人物だった事には間違いない。 ただ、魔法使いが受け入れられた地盤として、三十月神教の力が大きかったろうというのがセイネリアの思うところである。魔法という特別な力も、神の信徒になれば一般人でも多少は使えるようになる、というのなら人々の魔法に対するハードルも大分下がるのは予想出来る。 とはいえ――どうしてそんな奇跡の力を使える宗教が魔法使いと共に入ってきたのか――もともとは魔法使いの宗教だったというのなら納得できるが、疑問に感じる部分が少なくない。 これもまたあの『承認者』に聞いてみるかと思うものの、これに関しては答えない気がセイネリアにはしていた。なんとなくではあるが、これは『魔法使いの秘密』に当たる内容な気がするのだ。 ――知るべきではないこと、か。 考えて、セイネリアが軽くため息をついてみせると、アジェリアンが更に笑った。 「魔法付きの戦い方というのはクリュースにしかない戦い方だ。いろいろ面白いからな――お前もよく見ておくといいぞ」 「そうだな、見る暇がある状況だったらよく見ておくさ」 そう返せば更にアジェリアンは豪快に笑って、今度は掛け声と共に立ち上がった。 「さて、ちょっと会議に呼ばれてるからお前も付き合え」 「俺を連れていくと態度が悪いとお偉いさんに目をつけられるぞ、エルかカリンを連れて行ってくれ」 セイネリアが即答でそう返せば、アジェリアンは呆れた顔でセイネリアを見て、それから軽くため息を吐いた。 「お前、会議が面倒なだけだろ」 「当然だ、自分を偉く見せようとするやつはいらない無駄話が多い」 平然とそう答えたそれにはもう呆れるを通り越したのか笑い出し、アジェリアンはセイネリアの肩を叩くと天幕の中に入っていく。 「本当に……お前は、人の下につけない男だな」 セイネリアも一旦苦笑して、それから彼に続いて中に入るとエルを呼んだ。 --------------------------------------------- |