黒 の 主 〜冒険者の章・四〜 【2】 「セイネリアだな。少し話がしたい、ここに座ってもいいだろうか?」 先ほどまでエルがいた向かいの席に座ろうとしてきた男に、セイネリアは視線を投げた。赤い髪を後ろで縛った冒険者、歳は三十代中頃といったところだろう。毛皮を纏った服装に持ち物で目立つのはセイネリアが普段使うものより大きめの弓ともう一つ小型の弓、それに矢筒、ベルトに森の女神ロックランの印があればこれはもう本職の狩人と見て間違いない。 「別に構わない……が、あまり人と話すのは得意じゃない。少なくとも楽しい話は出来ないぞ」 相当ぶっきらぼうと言えるセイネリアの返事に、だが赤毛の狩人はにかりと人が良さそうに笑った。 「あぁ、楽しい世間話をしたい訳じゃない。ちょっとした仕事の話だ」 「なら聞こう」 赤毛の男はそこでほっとしたように椅子に座った。 このくらいの歳となれば冒険者としてはベテランに入る。落ち着き払ってセイネリアの顔をちゃんと見返してくるのを見れば、かなり度胸の据わった腕のいい冒険者だと思えた。 「今はさっきまでいたアッテラ神官と組んでるのか?」 「そうだな、あいつは面白いし使えるからな」 「彼は顔が広くて君と違って人と話すのが得意だからね、違うタイプ過ぎてやれる仕事がはっきり分かれる分やりやすいんだろうね」 笑ってさらりというこの男の本心がどこにあるのか、セイネリアは考える。 「狩人なら、先ほどの会話も聞こえていたんじゃないか?」 セイネリアもそうだが、この職業は目や耳がいい人間が多い。近くにいた筈ではないから全部丸聞こえという事はないだろうが、エルと話しているところを見られたなら多少は聞かれた可能性はある。 「少しね、善人がどうとか。アッテラ神官の彼にとってはあまり楽しくない話のようだったみたいだね」 男の顔から笑みは消えない。ただ、悪意は感じない。 尚もじっと相手の顔を見つめてみれば、赤い髪の狩人は少し困ったように頭を掻いた。 「あー、うん、本当はもう少し聞こえていたかな。君が善人じゃない、といわれて肯定したあたり、それで足を止めた訳だ」 「なんだ、善人でない、という言葉に興味があったのか?」 「そうだね、善人でない、というには君は別に悪人でもないんじゃないかな、と思ってね」 男はしっかりセイネリアの瞳を見て話してくる。それだけで感心出来るが、その飄々とした動揺のなさすぎる態度は少し不気味でもある。怯えるか胡散臭がるか、初対面の人間のセイネリアに対する反応は大抵はどちらかだ。だからどうしても探りを入れるような会話になるのは仕方なかった。 「どうしてそう思う?」 聞けば狩人は困ったように頭を掻いて、少し考えながら口を開いた。 「俺は君の事を噂でしか知らない。噂は誇張が入るから全部を信じはしないけど、君を悪く言っている人間でも、君の非情さにあれこれ言いはしても君が皆を生き残らせる為ベストの動きをしたことは否定しない。つまり君は悪意で動かない、結果に対して自分が出来る事は最大限の力の力を尽くすが、理性でばっさりいらない者を切り捨てられる……そんな人間だと思うんだ」 「悪くない考察だ」 言えば少し照れくさそうに赤い髪の男は笑った。 この男から悪意は感じない……いわゆる善人の類の人間だとも思う。ただ、変わった……セイネリアにとっても読み難い男であるとは思えた。 「まぁいい、仕事の話というのを聞こうか」 とりあえず人間観察はこのへんにしないといつまでたっても話が終わらないとそう切り出せば、男は少し表情を引き締めて、わざと声の大きさを落として言ってきた。 「そうだね。仕事……というか、正しくは仕事について相談に乗ってほしいんだ」 --------------------------------------------- |