黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【3】



「相談、というにも、どうみてもそちらの方が俺より冒険者歴は長そうだが」

 セイネリアとこの男は完全に初対面である。それでどうみても古参の冒険者である男から『相談』といわれれば、怪しすぎて思わず茶化してしまいたくなるのも仕方ない。とはいえ言った直後、セイネリアは少しばかり自分の軽口を後悔することになった。

「確かにね、でも年上だからといってすべてにおいて年下の経験している事以上を経験している訳じゃない。人間の人生なんて短いものさ、一生のうちに経験出来るものなんて世の中のほんの一部の事だけだ。生き方が違えば、どれだけ年下でも必ず自分の知らない何かを知っている。だからどんな人間にも必ず教えて貰える事があると俺は思っているし、それを訪ねる事を恥ずかしいとは思わない」

 唐突な人生観の話をされて、正直セイネリアとしては気が抜けた。ただ言葉からすればつまり、この男はどんな人間でも年下だと見下したりはせずに自分の知らない事は聞く主義だという事なのだろうというのは分かった。

「まぁ、それはいい心がけだな。歳食ってるからと知ったかぶりをするよりはお前みたいな方が生き残れるだろうよ」
「あぁ、おかげでこの歳まで無事こんな仕事をしていられる」

 普通なら半分嫌味にもとれそうなセリフに満面の笑顔でそう返してきた男にセイネリアは苦笑した。どうやらこの男は本気で善人中の善人らしい。

「分かった、余計な事は言わないからさっさと本題に入ってくれ」

 呆れたのを明らかに声に出してそう言えば、赤毛の狩人はその屈託のなさそうな笑顔のままやっと話しだした……その顔に裏切られるような笑いごとでは済まない話を。

「君はもともと貴族お抱えで代理戦闘をしていたんだろ? なら貴族達がどれだけ派閥争いでお互いを出し抜こうと日々いろいろ裏工作をし合っているかも知っている……違うかな?」
「そうだな」

 セイネリアの表情が一瞬で真顔になる。
 この時点でセイネリアは嫌な予感しかしなかった。なにせ仕事が貴族の、しかも奴らの陰謀劇がらみとくれば厄介だ。
 それでもいかにも善人そうな男は、まるでちょっとした失敗を話すように少し照れくさそうに話を続けた。

「実は弓の腕を見込まれて、とある貴族令嬢の誕生日を祝うパーティで余興の的あてをする……なんて仕事を請け負ってしまったんだが」

 セイネリアは呆れながら聞いてみる。

「報酬が良かったのか」
「あぁ……うん、良かった、というか良すぎた。それでちょっと不安になったんだ。で、軽く調べたら……」

 セイネリアは内心盛大にため息をつきたい気分になった。
 ただ放っておくと男がそのまま普通に話を始めそうだったから、セイネリアは男の話を止める為にそれなりに通る大きさの声で返した。

「なるほど、面白そうな話だな」

 当然男は困惑した顔をする。だからセイネリアはグラスで口元を何気なく隠しながら、今度は聞こえるぎりぎりの小声で言った。

『ここで話すな、後で連絡をする。お前の雇い主と、誰のパーティーの話かだけ教えろ』
『雇い主はノウスラー卿だ、パーティの主役はナーディラ・ワネル嬢』

 察した相手も同じく口元を見せないように小声で返してきたから、セイネリアはまた普通の声で返した。

「だが返事は後でいいか? 予定が分かったら連絡する」

 今度は赤毛の狩人も困惑する事なく、きちんとこちらに話を合わせてきた。

「あぁそれでいい。よろしく頼む」

 能天気な阿呆かとも思ったが、さすがに冒険者歴が長いだけあって察しはいいらしい。とはいえどれくらいこの男が使える人間なのか、まずはそこから調べるべきだろうとセイネリアは考える。

「じゃ、気をつけて」

 未だに笑顔でそう言って来た男に相槌程度の返事を返し、セイネリアは席を立った。




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