黒 の 主 〜冒険者の章・四〜





  【1】



 どんな国でも、まず大抵の人間社会において人殺しは最大の罪とされる。けれどまた、敵と決めた人間なら殺せば英雄になれる。そんな世界で正義がどうこういうのは馬鹿らしく、何が正しくて何が正しくないかなど結局自分が所属している社会が決めたルールでしかない。だから人の世においての絶対の正義も絶対の悪もあり得ない。社会が変われば正義も悪も変わる、そんなものに絶対はない。

 善人というのは正義であろうとするから自分が罪を犯す事に『自分が正しい理由』を欲しがるが、言い方を変えれば自分が正しいと思えるならいくらでも残虐になれるものだ。どれだけ無残なハタから見れば悪としか見えない行為でも正義だと思い込めるのだから奴らこそ頭がおかしい、とセイネリアは思うのだが。

「まぁ、あいつも善人だからな」

 酒場の中、一人酒の杯を重ねながらセイネリアはひとりごちる。話が終わってエルはすぐ『悪いが飲む気分じゃなくなった』と言って先にここを出た。彼もマトモな人間だから、自分の考え方を不快に思っても仕方ない。ただ彼は神官のクセに正義に拘る聖人サマでもないからセイネリアの在り方を否定したりはしない筈だった。

――あぁ、アッテラの教えというのは、自分が正しいと主張するなら強くなれ、だったか。それなら俺の生き方も問題ない訳か。

 そんな事を思い出して笑ってみる。セイネリアとしても今回の仕事はスッキリ終わったとは言い難い。だがエルのように不快感を感じている訳ではない。モーネスとソレズド達が今後どうなるかそれには少し興味が残るという程度の話で、彼らに怒っているなんてことはない。彼らが今後も罪を重ねて不幸な犠牲者が出ようと、彼ら自身が犠牲者になろうと実際セイネリアにとっては知ったことではない。
 ただ結果だけ見れば今回の仕事はセイネリアにとって得るモノが多いイイ仕事だった事は確かである。単純な金やポイントもそうだが、経験と情報という点でもかなり有益な仕事だったといっていい。それについては手放しで喜べる事で……もっとも、その情報の方を確定させた補足情報はこの仕事と関係ない魔法使いから聞いたものだが。

 水晶魔鉱石を魔法ギルドに直接売りつけられないか交渉するため、セイネリアは帰ってすぐ『承認者ケサラン』と名乗った魔法使いと連絡を取った。言っていた通り、魔法アイテムを売る通りで適当な魔法使いに言えば、その日の夕暮れに魔法使いはセイネリアの前に姿を現した。
 水晶鉱石の交渉は、実物を見せたら金額は後としてあっさりギルドに話を通す事が決まった。これだけの魔力を持つ鉱石はまずないから、ギルドで全部買い取ると魔法使いは興奮して断言した。
 そしてそのついでに、魔法使いなら分かると思ってドラゴンに関する疑問をセイネリアは聞いてみた。ドラゴンの頭を見せて牙をやると言えば、それは『魔法使いの秘密』に当たらない情報だったらしく、魔法使いケサランは機嫌よく話してくれた。

『確かに魔力で飛べるものがドラゴンと呼ばれるという認識で合っている。ただしエレメンサも魔法を持っていない訳ではない。もともとあの種族は普通の人間よりよっぽど魔力を持っている。魔力がなければエレメンサの大きさでもそもそも飛ぶことは出来ないし、火など吐けない。だから正確に言うなら”翼に頼らず飛べるだけの魔力を持ったモノがドラゴンと呼ばれる”だ』
『なら、火を吹けるエレメンサは魔力が高い方、ということになるのか』
『その通りだ』

 とりあえず予想の一つがそれで肯定された事になった。となればもう一つの予想もあっている可能性は高い。

『エレメンサはその魔鉱石を食ってた。そこで推測してみたんだが、ドラゴンというのはもともと魔力を持って生まれた個体……というのもだけでなく、後から魔力を取り込んでドラゴンになるモノもいるんじゃないか?』

 魔法使いはそれには片眉を跳ね上げて、それから偉そうに返した。

『そうだ。魔力を持って生まれた個体は当然だが、この鉱石のように魔力のあるものから魔力を取り込み奴らはドラゴンになろうとする。お前達がこれを何処で取ってきたかは聞かないが、こうしてる間にもエレメンサやドラゴンがそこの魔鉱石を食いに来ている事だろう。次にそこへ行ったとして魔鉱石が残っているかは分からないな』

 それで全てが繋がる。つまり魔力を食って取り込むためにエレメンサやドラゴンがあそこに来ていたというのは確定で、そこで鉱石を食っていた連中だからエレメンサでも皆火を吐けるくらいの魔力はあった、という訳だ。鉱石を採取したあのやたら広い空間は、奴らが食って広げた穴だったのだろう。
 その情報は有用で、今後もしまたエレメンサやドラゴン退治の仕事をすることがあれば役に立つ事もあるだろうと思う。

 そして最後の『ついで』として、セイネリアは魔槍の影響だろう魔力が分かるようになった事について聞いたのだが――……。




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