黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【9】



「何、やるならもう少しうまくやれというだけの話だ。囮になるにしてももうちょっと頭を使え。そうだな……例えば、囮は盗むのではなくただ売り物の台ひっくり返して逃げるだけでいい。店主はまず落ちたものを拾う方が優先で追いかけはしないし、そこでお前達の中で『かわいそうな子供』に見えるの2人くらいが拾うのを手伝う……礼に売り物にならなくなったものくらいはくれるだろ」
「そんな上手くいくのか」
「まぁ、事前によく店主を見て同情してくれそうな人間だった場合、という注意はつくか。勿論何度も使えない手だし、既に悪ガキとして恨みを買いまくっていたらだめかもな。盗むことで食いつないでると周囲から『害でしかない悪ガキだから何してもいい』と思われてお前達に対する風当たりがどんどん厳しくなっていく。そしてその内掃除される」

 掃除、という言葉の響きと、それをさらりと笑っていう男の口調にぞっとする。それでも少年は両手をぎゅっと握って気を抜いたら崩れそうな足に力を入れた。

「……だが逆に周りから悪い印象を持たれていなければ、普通の人間はガキというだけで同情的に見てくれる。特に大人には『子供にはこうであってほしい』というイメージがある、その通りに見せてやれば奴らは『子供らしい』子供に同情してくれる、ガキならガキらしくそのガキである利点を生かせ」
「同情なんていらない、どうせ……口だけだ」

 少年は呟いた。
 男は気にした風もなくまた軽く笑い声を上げる。

「そうでもないぞ、口だけでも十分有益だ」
「どういう……事だ?」

 怖くて不気味な男であるが、男がこちらに何かを教えてくれようとしているというのは少年にも分かる。男の顔を見れないから男の持つリンゴを見て、少年は聞き返した。

「さっきの場合だが、もし女がでてこなかったとしても周りの誰かが『子供殴るなんて酷い、かわいそうだ』と言い出せば確かにそうだと同調する者は何人か出ただろう。『口だけ』の同情でも店主は当然殴り難くなる。周りがお前側についたらお前の勝ちだ」
「あぁ……」

 少年が納得の声を漏らすと、すかさず男は言葉続けた。

「とはいえ、それだけだと忌々しく思った店主に後で殴られるかもしれない。そうさせない為に、向こうにも得をさせてやるといいのさ」
「得?」
「さっき言った通り良い気分にさせるんだ。殴るのを止めた店主に向かって、今度は『優しい』と誰かが褒めて拍手の一つでもしたとしよう。そこでお前が『子供らしく素直に』謝りでもすれば、いい結末に周りも気分がよくなって店主を称賛するだろう……勿論店主もいい気分になれる、女が来た時と同じ結果になる可能性は高い」

 そこまで話を聞いた少年はピンとくる。

「……それって、例えば周りに仲間を紛れ込ませて言って誘導するのもありってことか?」

 それに対する黒い男の返事は、少しの笑みを含ませた楽しそうなものだった。

「そうだ。いいか、人間というのは本人が望むもの信じてしたい事をするものだ。だから相手がしたいだろう行動、こうであれば喜ぶだろう行動を読んで、こちら側にとってこう動いてほしいという行動がそれと重なるように状況を作り上げろ。もしくはこちらがして欲しくない行動をとったら相手が損になる状況を作れ。実際状況を作れなくても相手にそう思わせられればいい。その為には人をよく見て相手の思考を理解しろ、更に自分の利点を把握して利用できるものはなんでも利用しろ」

 琥珀の瞳はどこまでも冷たくて正直恐ろしいとしか思えない。けれど、男の言葉は自分に生きるための知恵をくれようとしているのだと……今では少年も分かっていた。
 だから思い切って男の瞳を見返してこくりと頷けば、男はそこで僅かだけ瞳を和らげて手に持っていたリンゴを放って投げた。反射的に少年はそれをキャッチする。

「お前の仲間は先にねぐらに帰ってる。今日はマシなメシが食えるだろうよ」




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