黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【8】



 冒険者、という仕事は確かに夢はあるが危険が多く、少なくとも生まれた村で一生を終えるよりは早死にする確率は各段に高い。となれば親を失くす子は多く、ついでに言えば身よりもなく行き場のない人間や貧困にあえぐ農村出身者など、自由の国を夢を見てこの国にやってくる子供というのもまた多かった。そんな訳でクリュース国内の特に首都周辺には孤児が多く、孤児院もあるにはあるがとてもじゃないが全員を保護しきれないというのが現状だった。
 更に言えばリシェは首都より治安がいい上に裕福な商人が多いから、船でこの国についてそのままこの街に住み着く子供が多くいた。
 少年もそんなよくある孤児の一人で、他国で生まれリシェ行きの船に密航してやってきていた。

 はぁ、はぁ、と荒い息と心臓の音が少年を追い詰める。
 果物を抱きしめて走っていた少年は、後ろについてきているものがいないか確認しつつ細道へと入っていく。だが、無事仲間との合流地点へ着いたと思って角を曲がった少年の足はそこで止まる。それどころか体が竦んでまったく動けなくなる。少年を待っていたのは仲間ではなく黒い男。路地裏の影の中、全身を黒に包んだ長身の男が立っていた。

「お前が囮となって店主がいない間に仲間が盗む。……まぁ、定番の作戦ではあるが、囮をやるお前の危険が高すぎだな」

 少年は、その男を見ただけで一瞬、自分の死をイメージした。
 だが男は近づいてくる事はなく、僅かに笑みを浮かべたと思うと閉じていた目を開けて少年を見た。ぞっとするような琥珀の瞳を見てしまって、少年は恐怖に逃げるどころか目を逸らす事さえできなくなった。

「余程逃げ切れる自信があったならいいが、あのままだとどこぞの細道に追い込まれてそこで半殺しの目にあってたぞ」
「そん、なの……慣れてる」

 やっと言葉を返せば、男の目が伏せられて自らの手元に視線が落ちた。呼吸さえ止まっていた少年は、そこで安堵にはぁっと息を吐いた。男の手元を見れば黒一色の中目立つ赤いリンゴを持っていて、それをなんの気なしに軽く上に放り投げては受け止めていた。

「仲間思いの貴様の為に、少し教えておいてやる。まず、捕まる事前提なら人の大勢いる前で捕まっておいた方がいい、向こうも殴るにしてもやり過ぎる事は出来なくなる。後、どうして今回店主は気前よく盗んだ物までくれてお前を許したと思う?」

 この男が何を言いたいのか分からない――思いながらも、少年は精一杯体に力を入れて言葉を返した。

「綺麗なねーちゃんがいたから、いいとこ見せようとした、んだろ」
「そうだ。見方を変えれば美人にいいとこを見せていい気分になる、というあの男としては得することがあったからだ。あそこで貴様を殴りつけるより、どうせ売り物にはならない商品を諦めてちょっと格好をつけた方があの時のあの男にとっては得だったんだ」
「得、なのか?」
「実際あの後、店主は上機嫌で店に戻っていった」

 纏う空気だけでヤバイとしか思えない男ではあるが、口調はやけに軽い。だが逆にそれさえもが不気味にしか思えなくて、少年はごくりと唾をのむと歯を噛みしめて体の震えを抑えようとした。そうして、思い切って男の顔を見て聞いてみる。

「あんた、なんなんだ。何がいいたいんだ」

 それで男は少年の方をまたちらと見た。やはりぞっとするような琥珀の瞳に一気に体温が落ちたような気になるが、男はそこで笑うとすぐに少年から視線を外した。




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