黒 の 主 〜冒険者の章・三〜




  【5】



 そこから3日経ち、仕事の日の朝がきた。
 どうにか綺麗に晴れた空を見上げてから、セイネリアは集まった面々の顔を眺めて戦力を確認する。
 今回のパーティ人数は8人、単独パーティとしては結構な数で、リーダーのソレズド・グン・ダーとその仲間で4人、それにセイネリア、エル、カリンの3人が入って、最後に治癒専門役として慈悲の神リパ神官……ただしはっきり爺さんと言える歳の男がいた。

「これはこれは、なかなか元気そうな面子だな。これじゃどうみても私が一番の足手まといと見える」

 そのリパ神官以外、皆30代以下の若さなのだから彼のいう事を誰も否定はしない。そもそも冒険者でも化け物退治系の仕事になると、40代でも古参扱いで50代になるとジジイ扱いだ。大抵はそれまでに死ぬかやめるか、もしくは実力を認められてどこかに召し抱えられるかで、神官なら神殿勤めという手っ取り早い安全な就職先に引きこもるのが普通だった。
 とはいえ、リーダーのソレズドが認めたのだから今更文句も言えはしない。顔合わせの時では見なかったから、この人数では治癒専門の人間がいた方がいいとして後から追加したのだろう。

「おいおい大丈夫かぁ? 爺さんあんま無理すんなよ」

 言いながらエルがリパ神官の顔を覗き込む。慈悲の神の老神官はにこりとエルにも愛想よく返した。

「なぁに、少なくとも治癒術は任せてくれていいぞ」
「いや体力的にさ……結構険しい道を行くって話じゃなかったか」

 エルが顔をひくつかせながら助けを求めるような顔でセイネリアの顔を見てくる。もしこの治癒役が使えなかったら負担は全部彼に行くと考えればその気持ちも分からなくもない。ただ……。

「エル、お前このジジイを知ってるのか?」

 そう聞いたのは彼が真っ先に話しかけにいったから、その程度の理由ではあった。

「知るかよっ、てかこんなジジイの神官なら要注意ってどっかで聞いててもおかしくなさそうだけどな、名前さえ聞いた事ねーよ」

 こんなぎりぎりに追加で入ったとなれば、いわゆるハズレ要員である可能性は高い。今回は依頼主から受ける仕事ではなくパーティーリーダーが募集した仕事であるから、急ぎで探した人員なら選ぶ余裕がなかっただけ、というのは考えられる。

「まぁ、あまりにも足手まといなら俺がおぶってやるさ」

 セイネリアが言えば、エルが凄い勢いでこちらの顔を見返してくる。

「何だ?」
「いや……お前ジーサンには優しいとか?」

 青い髪のアッテラ神官は目も青い空の色で、それをまるまる見開いて驚いてこちらを見てくる。

「ジジイはジジイなりに物知りで役に立つ、恩は売って置いて損はないぞ」
「まぁ、そりゃそうだけどなぁ……意外っちゃ意外だ」
「この仕事をその歳までやって生きてるんだ、話を聞くだけの価値はあるだろ」

 そういってリパ神官、モーネス・ホフローと名乗った男に視線を送れば、相手は口元のほうれい線を更に深くして口角を吊り上げた。

「まぁ、小言を聞いてくれるというなら遠慮なく言わせて貰うがね」

 小言という言葉に顔をひくつかせ、エルがまた困った顔でこちらを恨めしそうに見てくる。それを見れば、もしかしたら神官修行中にでも彼は老人によく叱られたという事があったのかもしれない、などと思うくらいだ。

「いざとなったらあんたがそのジーサンをおぶってくれる、というなら助かるな。年寄りを連れていくのは少々不安だったんだ、まぁよろしく頼む」

 そこで固定パーティーの3人を従えたソレズドがやってきて、セイネリアに向けて手を出してきた。やたらにこやかな笑みを浮かべる男は笑顔が作り物じみていて薄ら寒い。それでもセイネリアも普通に軽く笑みを浮かべ、彼の手を握り返してやった。

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」

 しっかり握手をしている間、男は笑みを絶やさなかった。けれど、手を離す時に僅かに眉を寄せて聞いてきた。

「そういえば、例の槍は持ってこなかったのか?」
「あれは呼べば来る」
「……便利なものだな」
「あぁ」

 その話はそれで終わりにはなったものの、ソレズドの態度は微妙に引っかかるものがあった。




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