黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【4】



 なんだか話が始まる前にどっと疲れたエルは、そこで丁度注文の酒が来た事でそのまま杯をもってぐいっと半分ほどまで飲んだ。それでちょっと落ち着きを取り戻した後、一度大きく息を吐いてから改めてセイネリアに向き直った。

「……えーと、話の続きだが……そこまでそこのお嬢ちゃんが調べてくれたなら俺から聞く必要はねぇんじゃないか」

 ちらと彼女の顔を見れば、彼女は周囲を見渡してからまたフードを被って顔を隠してしまっていた。まぁこんなところにこんな美人が顔晒してても面倒事を増やすだけだなと思えば当然の事だろうとエルも思う。

「それはない」

 セイネリアのその声で、エルの視線は不気味な黒い男に戻る。

「カリンが調べてきたのは、あくまで客観的なデータとしての情報だ。お前はお前で違った方向から見た情報、つまり冒険者間での奴に関する評判とか……特にお前なら、愚痴のような話を聞くことも多い筈だ」
「いわゆる現場の本音の声ってやつか」
「そういう事だ」

 セイネリアが僅かに笑って、エルも思わずにやりと笑った。
 どうやら彼はこちらの性格と役割というのも考えて、それにあった仕事を期待してくれるらしい。この男の、高すぎず分に合った仕事を期待してくれるところもエルが『付き合い易い』と思う部分である事は確かだ。

「うーん、基本人当たりは悪くないみたいだが、ただ……人によって結構態度が変わるらしい。俺には割合感じよく話してきたけど、やたら見下されて高飛車な言い方されたって奴もいる。さっきのそっちの報告通り、上級冒険者としちゃ長く固定組んでるパーティーメンバーが一人もいないって辺りからしてちと性格に問題ありなのは確かだろうな。とはいえ明らかに嫌われる程の冒険者同士のルール違反をしたって話は聞いた事はない。あと、腕は確かだし頭も悪くない、仕事で組むだけなら問題ない相手だとは思う」

 ただでさえおっかない風貌の癖に、わざとなのか黒い服装で余計怖そうに見える男は、そこで顎に手を当てて少し考える素振りを見せた。

「前に固定パーティーを組んでた人間の話を聞いたことがあるか?」

 何故そんな事を――と首を傾げながら、一応エルは答える。

「いや……聞いた事はないな。でもそれ言ったら今組んでる連中の事だって聞いた事もねぇぞ」
「過去に固定パーティーを組んだ者は16人います。その内14人は死亡しています」

 こちらの発言に続けるようにセイネリアの隣に座る女が言った言葉に、エルは思わず顔をひきつらせた。

「……今まで奴が仕事で組んだパーティーメンバーの構成を調べられるか?」
「全部……は厳しいかもしれませんが、出来るだけなら」
「あぁ、それでいい」

 なんだかこちらを置いてけぼりで、まるでどっかのボスと側近のようなやりとりをされればエルとしてはとても居心地が悪い。しかも問題の仕事は自分が持ってきたものであることを考えれば二重に気まずい。

「ま、まぁ……珍しい話じゃねぇとは思うぞ。数人しか生き残れなかったような仕事ってのは結構あるし、割合無茶する事がある人間ならそういうのに複数当たる事はあんだろ」
「そうだな。だが……不穏なモノも感じるだろ?」

 一応希望的観測としてそうはいってみたものの、正直エルだって、ゲッ、と思わなくはない。とはいえ、当のセイネリアと言えば何故だか楽しそうに口元に笑みを作っていたりするのだが。

「まさか、仲間を見捨てるような奴だって言うのか?」
「それならまだいいさ、ただの臆病者というだけだからな」
「……じゃぁまさか、自分が逃げる為に仲間を囮につかった、とか?」
「『冒険者同士のルール違反をしてない』のではなく、それをされた者が生きてないだけ、とは考えられないか?」

 セイネリアの顔は益々楽しそうで、喉を鳴らす笑い声さえ聞こえてくる。エルとしては正直、怒っている時よりも不気味で怖かった。

「心配するな、今更仕事は断る気はないし、この仕事を紹介してきたお前にどうこういう気もない。逆に思ったよりも面白い仕事になりそうだと思っただけさ」

 この男と組めたのは幸運だと思う事にしていたエルだったが、その発言には少しだけ『やっぱり不運の方かもしれねぇ』と後悔した。




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