黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【3】



「いや、エレメンサの事はいい。それはある程度聞いたからな」
「そうか、そういやそうだったな」

 思い出してエルは答える。今回の仕事はまずエルに話が来てセイネリアに通したのだが、セイネリアがパーティーリーダーと直接話をしたいと言った事で事前に一度会わせていたのだ。

「お前に聞きたいのは、今回のパーティリーダーである、ソレズド・グン・ダーという男についてだ」

 エルは僅かに眉を寄せた。
 実を言うとエルとしても別に知り合いという訳でもなければ話した事もなかった相手だ。アジェリアンから話を聞いて……と言われたからある程度納得して話をセイネリアに通したという事情がある。

「うーん、俺も上級冒険者様とは仕事したことねぇから、前に組んだことあるって奴の話くらいしか言えねぇぜ」
「あぁ、それでいい」

 だがそこで、ならばと口を開きかけたエルは、唐突にテーブルの前にやってきた頭から体全体まですっぽりと真っ黒なフード付きのマントで覆った人物を見て思わず口を閉じた。しかもその人物は当然のようにセイネリアの隣の席に座ると、あっけにとられて何も言えないでいるエルの代わりのように話し出したのだ。

「ソレズド・グン・ダー。冒険者登録は9年前。登録は戦士。上級冒険者になったのは2年前。固定パーティーのメンバーはレイペ神官一人他、戦士登録でアッテラ信徒1人、ヴィンサンロア信徒が1人。全員がここ1,2年の間に組んだ者ばかりです。アジェリアンとは上級冒険者になる前に2度組んだことがあり、ソレズド自身は友人だと言っているようですがアジェリアンの方が知人だと彼の事を話していたことはないそうです」

 声を聞いてエルはすぐにその人物が女性である事に気づく。セイネリアが何も言わないところからすれば彼の女かと思うところだが、それにしても唐突過ぎてどう反応すればいいのか分からないというのが正直なところだった。
 だが彼女が言い切って口を閉じれば、セイネリアはその人物に笑いかけた。

「成程、よく調べたな」

 すると『彼女』はフードを下して顔を晒す。まだ若い、成人しているかどうか微妙なところの女はかなりの美人で、黒髪に黒い瞳とそんなところもこの男に合っているとエルは思った。

「ありがとうございます、遅くなりました」
「いや、俺が早いだけだから別に遅れていない」
「ですが、主を待たせるなど部下として罰せられても仕方ありません」
「だから待ってない、気にするな。あぁ後、あの元盗賊の男は来たか?」
「はい、たまに顔を出しに来ます。そのたびにちょっとした情報を置いていっています」
「そうか、なんなら今度は婆さんと一緒に話を聞くといい、あの男に報酬を出したいと言えば婆さんが適切な額を出してくれるだろ。金は後で俺が返すと言っておけ」
「はい、分かりました」

 二人のやりとりを見ながら、エルは頭を抱えた――えーとえーと、なんだ部下って、こいつ少なくとも今はただの冒険者だよな、特に何か別に雇われてるって話も聞かねーし、評価だってまだそこまで高い筈もねぇ、すごい金持ちって訳でもねぇしそれで部下ってなんだそれ――と、頭の中で考えてはつっこんでいたが、やがて出た結論、というか無理やり納得した答えからエルは思わず笑いだした。

「どうした?」

 唐突に笑いだしたせいか、声は冷静だがセイネリアがそう聞いてくる。

「ははは……あーいや、なんてーかお前は絶対に大物になるとは思ってたがな、まさかもう部下までいるとは思わなかったぜ。まぁおかげでより確信出来た、お前は将来絶対その名を聞いただけで皆が一目置く男になるよ」

 そしてさらにエルは思う。自分がこの男と知り合えたのは、とんでもない幸運かとんでもない不運かのどちらかだろうな、と。

――まぁ、今は幸運と思っておくさ。

 とりあえずは、まだ、今はそう思っても構わないだろう。一抹の不安はあるものの、このチャンスを手放せば一生ただの下っ端冒険者で終わる可能性は高い。リスクもなく成功を掴もうなんて思う程エルの頭はお花畑ではない。とはいえこの男に付き合えば、この先何度驚いて何度呆れて何度ため息をつく事になるのか……考えただけで乾いた笑いしか出てこなかった。




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