黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【28】



 時間は少し戻って、縄に火がついてエルが下へと降りてしまった後、上で見ていたカリンは一瞬、自分も降りて主のもとへいくことを考えた。だがこの高さと降りるための手段を考えたらそれは不可能だと思いなおして、カリンは一度頭を落ち着かせてから『今の自分に出来る事』を考えた。

「予備の縄はないのですか?」

 立ち上がってソレズドに聞けば、思ったよりも平然としている彼らの顔がカリンを迎えた。

「ないさ。それに見ろ、あいつらも諦めて逃げるとこを探すみたいだ。運が良ければ助かるだろ、それより俺たちもここじゃまだ危ない、さっさと向うへ降りよう」
「仲間を見捨てるのですか?」
「見捨てるんじゃない、生き残った者は確実に助かるよう動くべきだと言ってるんだ」

 上級冒険者であるソレズドだけならまだしも、他の連中が焦っていないのは違和感しかなかった。特にグェンやウィズランなど、先ほどドラゴンが来た時の狼狽えぶりを考えればここでもっと焦って、早く逃げようと言い出さない方がおかしいくらいだろう。
 それでカリンは思う、セイネリアが怪しんでいた通りこれが計画通りなのだとしたら、と。レイペ神官なら火を操る事が出来る、縄に火が燃え移ったのも彼が飛び散った火を操ったからかもしれない、それならこれだけ皆落ち着いていて当然だ。

「逃げるなら皆さんはどうぞ。私はここにいます」
「おいおいっ、あんた死ぬ気か?」
「いざとなれば穴の向こうに逃げられますし、問題ありません」
「完全に安全じゃないだろ」
「えぇ、ですから皆さんまで残れとはいっていません」
「あんたを見捨てたくないんだ、一緒にきてくれ」

 話している内に、少しだけ男たちの間に焦りが見え始める。ここがまだ安全でない所為の焦りなのか、それとも計画通りに進まない事への焦りなのか、もしくは自分がここに残ると困る別の理由があるのか。だが考えている間にグェンとウィズランがこちらの後側面に回りこんでくるのにカリンは気づいた。

「あんたが死んだら勿体ないだろ、悪いが無理矢理でも俺たちと下りてもらうぞ」

 両脇から腕を捕まれるのは嫌悪感しかなかったが、今回は黙って触らせる。

「でも……やはり私はあの方を見捨てられません」

 心配そうな顔を作って彼らを振り返れば男たちの顔がにやける。その目がこちらの胸元を見てくるのが酷く不快だったが、カリンは尚も心配で堪らない女のふりをつづけた。

「ほら、さっさと逃げよう、あんたの男もあんたには無事生き延びて欲しいって考えてる筈だぜ」
「いえ、私はここに残りますっ」

 それでもカリンはわざと力を入れ過ぎずに抵抗してみせた。男たちは強引に力を入れてひっぱりはしなかったが、代わりに腰やら尻やらを押してカリンを穴の向こうに連れて行こうとした。

「いやです、離して下さい」
「あんたのためなんだから、言う事をきいとけよ」
「いやっ、触らないでっ」

 女らしく恥ずかしそうに悲鳴を上げながら身を捩れば、男たちの顔は益々にやけていく。調子に乗って胸まで触ろうとしてきたから、カリンは涙目で胸を抑えてみせた。男たちは笑いながら弄ぶようにカリンの体を触る。

「まったく、仕方ないお嬢ちゃんだな、お前達もいつまでも遊んでないで――」

 けれど彼の口はそこまでしか言えなかった。
 男たちに体をべたべた触られたカリンが力なく逃げようとしているのを見て、ニタニタと彼らと同じ目じりを下げたスケベ男の顔でカリンの腕に触れたソレズドは、次の瞬間、指と手首を掴まれて後ろに捩じり上げられていた。





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