黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【29】



「痛、痛ぇええっ……」

 気付けばソレズドの首にはナイフがあった。いつの間にか彼の背後に移動したカリンが、ソレズドの利き腕を捩じり上げて背に付け、その首にナイフを当てていたのだ。

「動かないでくださいますか、聞きたい事があります」

 カリンが言えば、男たちは一旦動きを止めたもののその顔にはまだ余裕があった。

「馬鹿なことはやめとけ、男4人相手にあんたが勝てる訳がない」
「今ならまだ許してやるからよ、どうせ殺せないんだろ?」

 少し弱いふりをしすぎたかと思ったカリンは、捩じり上げていた男の腕を持っていた手に力を入れた。特に指を持っている部分に力を込めれば、手ごたえでソレズドの指の骨が折れたのが分かる。

「うがっ、痛ぇいてぇえええっ」

 他の男たちの顔が一瞬ひきつる、カリンはそれで彼らににこりと笑いかけた。

「化け物相手なら貴方がたより弱いかもしれませんが、人の殺し方と壊し方なら貴方がたより上だと思いますよ、私」

 言って痛みに騒ぐソレズドを蹴り転がすと、カリンは引きつってその場で固まるグェンとウィズランに音もたてず近づいていく。

「がぁっ」
「うわぁっ」

 男達が反応する間もなく、一瞬にして二人共の腕を斬りつけ深めの傷を負わせたカリンは、軽くナイフから血を払うとゆっくり振り返った。そうして、その場に立ち尽くしている残った一人の男――レイペ神官のエズレンに変わらぬ笑みを浮かべたまま尋ねた。

「彼らの傷を治す為にも治癒役が必要なのではありませんか? 下の彼らを助ける手段があるなら教えてくださいますね?」

 レイペ神官のエズレンはそこで大人しくカリンに予備の縄の存在を白状した。……それから間もなく、ドラゴンの悲鳴が辺りに響き渡った。







「主っ、セイネリア様っ」

 彼が無事な事を確認して、カリンは必死で走った。
 だが彼はカリンが近づいていっても少しも笑う事なく、老人を背負ったままカリンに言った。

「戻れ、次が来ない内にさっさと逃げるぞ」

 正直、勢いを殺されたカリンは戸惑った。それでもすぐ気を取り直す。だが了承の返事を返して来た道を逆戻りし主の前を走り出したカリンは、後ろから背中をポンと叩いてきたエルにこそっと声を掛けられた。

「あいつ怒ってんじゃねぇからな、あんたの無事の為にもまずは逃げるの第一って事なんだよ」

 この場面でわざわざそんな事を言ってくる男に苦笑して、それでも僅かに安堵する自分を自覚する。そうして走りながら、主も老神官もこの男も無事でよかったとカリンは思った。

 ドラゴンもエレメンサもそこからまたすぐやってくるという事がなかったおかげで、今度は問題なく全員上に上がる事が出来た。ただ上に上がった途端、そこには口をふさがれて縛られているレイペ神官と痛みにのたうちまわりながらも縛られている残り三人の姿があって、まずはモーネスが彼らの治療をするのを待たなくてはならなかった。

「おい、セイネリアっ、ジーサンは忙しいみたいだしよ、どうせ待ってンなら軽い火傷くらいなら俺が治してやるけどどうする?」

 流石にそこそこの大怪我をさせただけあって、それが三人となれば治癒の専門家でも時間が掛かる。待っている間の気まずい空気に黙っているのが耐えられなかったのか、エルはそう言ってカリンから事情の報告を聞いていたセイネリアの傍にやってきた。

「そうだな、無傷という程ではないからどうせだし治してもらうか」

 セイネリアが言えば、エルは嬉々としてしゃがみ込む。
 だが、患部を出すセイネリアを心配そうに見ていたカリンは、そこでエルに小声で耳打ちされた。

「お嬢ちゃん、悪ィけど治療の間あっち見ててくれっかな」




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