黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【27】



「えーと、あー……うん、まぁお前の言う事は分かったんだけどさ、なら何のためだよ。だって結局ジーサンはお前を守るのに協力してくれた訳だろ」

 エルが近づいてくる。彼はエレメンサの爪を剥がさず足先毎切り落としてきたらしく、それらを腰の袋に詰め込みながらこちらに歩いて来る。どうやらこちらの爪を剥ぐ手伝いをしてくる気らしい。けれどセイネリアはその前に落ちているエルの長棒を指さす。彼は急いでそちらに向かった。

「おー、無事でよかったぜ」

 エルの得物である長棒は硬い事で有名なエレの木で出来ていた、硬い所為で細工が難しい事でも知られている素材だから安物でないのは確かだろう。少なくとも彼の装備で一番金が掛かっているのは間違いない。
 喜んで長棒にキスまでしているエルに苦笑して、彼がこちらを向いてからセイネリアは話の続きをしてやる。

「それはジジィにしてみれば計算違いが起こったからだ。ジジィの目的は俺の魔槍。本来の計画ならジジィ一人があそこに隠れて、俺が死んでドラゴンが去ったら後から槍を回収……というつもりだったのさ。だがそれが出来ない事が分かった、だから仕方なく今回は諦めて普通に仕事の成果で稼ぐだけにしようと決めた、というところじゃないか?」

 爪をはがし終わってモーネスを見れば、そこでやっと老神官は大きく息をつくと顔を上げてセイネリアを見てきた。その表情は少し困ったようで……これは誤魔化す気かとセイネリアは思ったのだが、あまりにもあっさりと老神官は言った。

「……そうだな、全部お前さんの言う通りだ」

 途端、少し裏返ったエルの声が上がる。

「え、えぇ? えぇぇぇえ? いやいやいや、魔法武器っていや、主以外使えないなんて誰でも知ってるだろ、そんなの狙ってどうすンだよ」

 まだ頭の整理がついていないらしいエルが長棒を拾った体勢のまま老神官とこちらを交互に見れば、悪びれもせず老神官は笑って言った。

「それでも世界に二つとない特別な物……となれば高値で欲しがる人間はいるんだ。ただ槍の場合、重くて持っていけない、というのは想定外だっただけでな」

 老人の表情は落ち着いていた。これだけの事を何度もしてきただけあって流石に肝が据わっているというところか。モーネスはそこでまた、よっこいせ、と呟くとその場に座り込んだ。

「だがお前さんを助ける気になったのは……正直、殺すのが惜しくなったというのもある。だから隠れる場所へ連れていったのに……まさか本当にドラゴンまで倒すとは思わなかった。いや予想外だった、今回は本当に私の完敗だ、悪い事をしていればいつかはこんな日がくるのは分かっていたからな、なぁに今更言い訳はしない」

 ふてぶてしくも口元に深いほうれい線を刻んで笑う老人は……けれどどこかさっぱりしたような表情をしているようにも見えた。

「おいジーサン、悪い事って……」

 だがそういってモーネスに詰め寄っていこうとしたエルは、そこで足を止めた。

「主っ、セイネリア様っ」

 カリンが必死で走ってきたのを見て、エルは大声を出すのを止めるとセイネリアの顔を見て笑う。
 奥を見れば、新しい縄が岩の上から下ろされているのが見えた。

「ま、ここで話し込んでても危険なのは確かだ、話は後にしてまずはお嬢ちゃんを連れてさっさとここから逃げようぜ」

 エルが言って縄のある奥に向かう。
 セイネリアもドラゴンの頭が入った布包みを縄で腰に括り付けて、悟ったような顔で座っている老神官のもとへいくと手を伸ばした。

「おいジジィ、約束だ、ちゃんと俺が上まで連れていってやる」

 モーネスは一瞬、目を大きく開いて……そして自嘲気味に笑うと立ち上がった。




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