黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【20】



 ソレズドは確かに生きていた、五体満足で。
 傍には彼の仲間である3人がいて、けれど……彼らは一様に空を見て固まっていた。そしてそれを不審に思ったのと同時に、彼らの叫び声がセイネリアの耳に届いた。

「あれは……エレメンサじゃないっ……ドラゴンだっ」

 セイネリアは反射的にカリン達に下がるように言うと、投げ捨てた盾を拾いに走った。だが拾ってからすぐにそれを後悔した、セイネリアは手に持った途端分かったのだ――この盾の術が切れかかっていると。これも魔槍と繋がった所為の感覚だとは思うが、確かに助かったとも思う。なにせこの盾に掛かった術が効いているままだと思ってつっこんでいたら確実に死ぬ。最初からアテにしないのならそれはそれでやり方を考えられる。

 ただそれでも、走る前に気づければ良かったと思わなくもない。その点では自分のまぬけさ加減に怒りが湧く。分かっていればエルやカリンから盾を借りる事も出来ただろう。盾に掛けた術は時間経過か、術としての効果を使う事、つまり火を受ける事で削られる。最初のエレメンサを倒した後にはかけなおしているがそこから時間が経っている上、セイネリアはまたドラゴンの火を受けた、どちらもマトモに受けていないとはいえ二回受けたのは大きい。

 とはいえ当然、いつまでも終わった事を考えて後悔するなんて無駄な時間は今のセイネリアにありはしない。重要なのは今何が出来るかだ。
 考えている内にドラゴンの姿がこの岩場の真上にまでくる。予想通りでかい。ぽっかりと空へと開いた穴はその大きな黒い影に覆われ、辺りがふっと暗くなる。それから、降りてくる羽が起こす風圧でセイネリアはその場から一度退いた。

「確かに、同じ種族で呼び名が変わるだけはあるな」

 呟きながらセイネリアはその鱗に覆われたドラゴンの姿を見上げた。こちらはエレメンサと違って確かにコウモリというより羽をもつ大トカゲというほうが近い風貌で、肉付きのいいしっかりした後ろ足を持って胴もがっちりと肉がついている。頭以外は貧弱な体形だったエレメンサと比べれば大きさだけでなくその迫力と圧迫感はけた違いで、セイネリアでさえごくりと唾を飲み込んだ。
 けれど、体に震えはない。
 当然、頭は冷静に動く。
 どうすればこれを倒せるか、もしくは追い払うか、逃げ切るか。倒す事に固執はしない、一般的にドラゴン退治をする場合のパーティー構成からすれば今回の戦力は足りなすぎるのは分かっている。唯一どうにかなるかもしれないと言える要素はセイネリアの魔槍だが、それをそこまで過信するつもりもない。所詮この武器の優位点は、ドラゴンであっても楽に刃が入るという攻撃面だけの事しかない。槍の力を最大限発揮する為には盾を捨てなければならない段階で防御面が無視になる、ヘタに槍で仕留める事を前提で動きを考えたら命取りになるだろう。
 自分が勝てるなんて簡単には思わない、いつでも最悪を想定する――だがそれを分かっていても尚、セイネリアの唇には笑みが浮かんでいた。

 最悪の事態、死ぬかもしれない状況、けれどももしここを生き残れるなら……自分にはそれだけの価値があると言える。

「うわぁっ、無理だぁっ」
「だめだ、逃げろっ」

 声からすればそれはグェンとウィズランだろう。ソレズドの姿を探せば、盾を構えながら下がるように二人に言っているようで、流石上級冒険者だとそこは素直に感心した。それでもどうにかする手が思いつかないのだろう、彼らは壁伝い移動して逃げられそうな窪みを探しているだけだ。
 ドラゴンは翼を畳むと、眼下でちょろちょろと動き回る人間達を睨みつけた。エレメンサと違いどっしりとした体格を持った化け物はその体に見合った風格をもってゆったりと首を揺らしてこちらを見下す。尻尾を入れず立っている足から頭までの高さはセイネリアの背の3倍程だろうか、羽を畳んでもその体格ではこちらに対するプレッシャーが減る事などない。
 これは本気でヤバイなとセイネリアでさえ思った。
 だが、その時。

「全員っ目を閉じろっ」




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