黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【19】



――どうする?

 セイネリアは考える、今の自分でも出来る回避策を。盾を取りに行くのは間に合わないかもしれない、間に合わなかった場合は――考える間にセイネリアはエレメンサを見ながら盾に向かって走り出した。けれどそこですぐ、視界にとらえていたエレメンサの姿がバランスを崩したかと思うと失速し、そのままふらふらと落ちていく。
 何があった、と思ったセイネリアだったが、地面に落ちてもがくエレメンサを見てそれを理解した。ばたばたと無様に地面を這いつくばるエレメンサの片羽は畳む事も出来ず広げられたまま虚しく地面を叩いていた。それはその羽に縄が絡まっているからだ。
 そしてその縄がカリンの腰にあったものだということも即座に分かって、セイネリアは自嘲気味に笑う。そうして笑いながら、足にも縄が絡まって立ち上がれないエレメンサの背後に回りこみ、ゆっくりと近づいていくと手に持っていた魔槍を振り上げた。

 化け物の断末魔の悲鳴が、岩で囲まれた辺りに反響して空気を震わす。
 エレメンサの返り血を浴びたセイネリアはそれを無表情で聞き、完全にソレが動かなくなるのを確認して持っていた槍を投げ捨てた。

「……大したものだな」

 今度は感心した顔で真っ先に近づいてきたのは老神官モーネスで、その後ろには彼の護衛をしていたエルもいた。セイネリアは老神官の顔を一瞥だけすると声も返さず、懸命に走ってくるカリンに視線を移した。
 前より長くなった黒い髪を左右に揺らして泣きそうな顔でこちらに向かってくる彼女に自然と笑みが湧く。そうして、やっと目の前に来たものの声も出せずに泣くのをこらえているカリンに向かって手を伸ばし、その頭に置いて一言だけ告げた。

「助かった、礼を言う」

 それで手を離せば、カリンは泣きそうな目をしながらも唇をつりあげてセイネリアの顔を見上げ、一言、はい、とだけ掠れた声で返した。

「おーおーおー、こっちも寿命が縮む思いだったんだがね」

 そこで割り入ってきたのはエルで、彼はげっそりと疲れ切ったという顔をしながら恨みがましい目でセイネリアを見ていた。

「あぁ、お前にも礼を言っておくぞ。お前の一声があったおかげですぐに奴を見つけられた」
「おう……まぁ礼は大人しく受けとくけどさ、ほんっとーにお前って無茶するよな……今回運悪かったら既に2,3度死んでたんじゃねーか」

 それには思わず同意して笑う。エルはますますうんざりした顔をしたが、いつまでも負の感情を引きずるような男でもない。まぁいいけどよ、とすぐに気を取り直してその場で座り込んだ。

「なんていうかあれだ、お嬢ちゃんには二重に褒めてやっとけ、なにせ事前に強化術掛けておいてくれって言ってきたのも先見の明って奴があったんだろうしな」

 それであの距離も届いたのかと思えば、確かにカリンのその思いつきには感心する。そしてやはり彼女は『使える』人間だったと思うと同時に、思った以上に早く自分で考える事が出来るようになった最初の部下である女の能力を少し低く見積もり過ぎていたらしい自分に自嘲する。

「そうだな、やはりお前は有能だ」

 言えばカリンは今度は涙の気配を見せない、嬉しそうな顔で笑った。

「いえ、主が言われた通り、まず自分に出来る事を考えて行動しただけです」

 セイネリアがそれに笑って返してやれば、カリンの笑みは更に深くなる。
 エルも、老神官も、見れば笑ってこちらを見ていた。
 それで次にセイネリアは目でソレズドを探す。彼がひきつけていた筈のエレメンサがこちらに来たのは、彼になにかあったからではないかと考えたからだが……その姿を見つけたセイネリアの瞳が途端、細められた。




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