黒 の 主 〜冒険者の章・三〜





  【18】



 カリンは、震えながらもただ見ていた。
 怖いのはエレメンサという化け物ではない、彼が死ぬのではないかとそれが怖くて仕方ないのだ。
 先ほどのエレメンサを倒した時もそうだったが、彼の姿が炎で見えなくなったとき、カリンは自分の心臓が止まるのではないかと思った。ボーセリングの犬として育てられたカリンは自らの死に対する恐怖心を殺せる筈なのに、彼の死はとにかく怖かった。

 今回の仕事においてカリンはあらかじめ、戦闘は基本的に参加しなくていい、とセイネリアに言われていた。カリンの仕事はあくまでソレズド達がおかしい動きをしないか見ている事で、女であるカリンなら彼らも油断するか、もしくはセイネリア達を見捨ててもカリンだけは助かるようにする筈だから、彼らが言ってくる事に違和感があったら知らせるように――それを最優先するように言われていた。

 勿論、危険を冒さない範囲でやれる事があるなら戦闘に参加してもいい、という事にはなっていた。カリンとしては、多少こちらが危険でも主自身の危機には戦闘に参加すると言ったのだが、それは逆にセイネリアに冷たい声で却下されてしまった。

『俺が危険な段階で、お前が出て来たところでどうにかなる状況は考えにくいな』

 だから危険を冒してまで助けにこなくてはいい、離れたところから見ていて状況を判断し、そこから何か出来る事があればすればいい、と言われていた。

『もし俺が死んだら後は好きにしていいぞ、なに、そこで死ぬなら俺はそれまでの人間という事だ、自業自得だと思ってお前が気にする必要はない』

 そんな事を笑っていうセイネリアの琥珀の瞳はどこまでも冷たくて、ぞっとすると同時にカリンは悲しくなった。いっそ自分が死んだらお前も死ねと言われた方がいいとカリンは思った。
 それでも、彼の命であるならカリンはそれに従うしかない。
 この位置からでも出来る事があるとすれば何かを投げるくらいで、念のためカリンは二匹のエレメンサの姿が見えた直後、ソレズドやグェン達に強化術を掛けていたエルに自分にも術を掛けてほしいと頼んだ。
 こんな時、主のように弓が使えればよかった、というのは今更の後悔だが、今は考えて主の命の範囲でやれることをやるしかない。
 セイネリアであれば自分の戦いはどうにかする筈と考えたカリンは、だから彼の動きを確認しつつも主にソレズドとそれを追っていたエレメンサの方を目で追っていた。カリンの今回の役目としても、主本人より彼が見ていられないだろうそちら側を見ているのが自分のすべきことだと思ったというのもある。

「目を瞑れっ」

 セイネリアの声が聞こえて、カリンはすぐ目を閉じた。彼がそう言ったのなら光石を使うだろうというのは予想出来て、だから光を見る事もなかった。
 ギャァ、とエレメンサが鳴く。
 光を見た所為での悲鳴だろうと思ったカリンは、だが目を開けて光をさえぎっていた腕を下してすぐ、ソレズドを追っていた筈のエレメンサが飛び立とうとしているのを確認した。あのエレメンサからは光が背後になってしまったため目をやられなかったらしい。
 何をする気だ、と思ったのは一瞬ですぐカリンは理解する。飛び上がったエレメンサは空中で宙返りをして方向を変え、仲間を助けようともう一匹のエレメンサの方へ向かおうとしていたのだ。

 主の危険にカリンは考える。そして咄嗟に腰にあった細身の縄を手に取った。この縄の端には重りがついていて、相手の武器や腕、足に絡ませて動きを止める為に普段は使う。ただ縄の長さ的に当然、こちらが端を持ったまま相手を捕まえる事は出来ない。それでもただ投げて絡ませるだけなら――カリンは思い出す、セイネリアが老人に聞いていた、『ぎりぎりどうにか飛べている状態』という言葉を。
 強化術が掛かっている今なら届く、そう判断してカリンは慎重に縄を投げた。




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