黒 の 主 〜冒険者の章〜





  【21】



 聞こえた言葉の意味は即理解する。
 だがその声を追ったセイネリアの目は、閉じる寸前、声の主である老神官と、その隣にいるエルの姿をとらえた。
 ドラゴンが唸る。エレメンサの甲高い声からすれば低い、腹に響く声が、びりびりと辺りを揺らし足の裏に振動として伝わってくる。光が収まったのと同時にセイネリアは目を開けたが、そこから先ほどの老神官達の方を見ればエルが自分の長棒を片手で持って投げようと構えているところだった。

「くらえっ」

 エルが長棒をぶん投げる。その動きから恐らく強化術を掛けていると思った通り、棒は凄まじい勢いでドラゴンの顔に向かって飛んでいき――閉じていた瞼の上からその片目を貫いた。
 再びドラゴンの声が足下を震わす。けれど今度は先ほどよりもずっと高い、悲鳴と言える声だ。ドラゴンは痛みに顔を激しく振り、こちらを見ていない。そこでソレズドが全員に向かって叫んだ。

「今のうちだ、逃げるぞっ、いそげっ」

 逃げるとなれば来た道、つまり縄を登る事になる。幸い縄のある場所はドラゴンの今いる場所からはそれなりに距離があって、しかもドラゴンはそちら側に背を向けている。逃げるとすれば今がその機会であることは間違いなかった。

 それでも、縄を登り切らなければならないというのはやはり厳しい。急いで縄の傍まで来たとしても全員一気に登れはしない。基本は来た順になるが後になればすぐに登れなくて待つしかなくなる。
 ソレズド達の方が近かった所為もあって、彼らは既に縄に掴まって登っている最中だった。その下でカリンが待っていたから、セイネリアはすぐに彼女に先に登れと叫んだ。
 それから、老神官を背負ってくるエルを待ってセイネリアは一度足を止めた。

「エル、ジジイをこっちに渡せ、登ってる最中に術が切れたら落ちるぞ」
「頼むわ、多分そんくらいはまだ持つ筈だけどよ」

 エルが笑って老人を降ろす。彼が老人を背負ってこれだけ急いで走れたのは術がまだ効いているからだが、あの棒を投げた勢いからして術のレベルは高めに入れてる筈だった。それなら術が切れた後、一気に体から力が抜ける可能性が高い。

「先に登れ、ジジイは人任せなんだ、最後でも文句は言うなよ」
「あぁ……仕方ないだろうな」

 モーネスが答えると同時に、少し迷っているようなエルに顎で上へ行けと促した。彼もそれで縄を登り出す。上を見れば丁度カリンが登り切るところで、セイネリアもそれには笑みが湧く。ただそれが安堵へと繋がる前に、セイネリアの視界は後ろから照らされた光で赤く染まった。聞き覚えのある、火が爆発する音と共に。

「やけくそになったか」

 ドラゴンの方を振り向けば、未だ痛みにのたうちながらも大トカゲの化け物は辺りに火を吐いていた。こちらを狙えている訳ではなくでたらめに火を振りまいているだけだが、それがこちらに飛び火してこないとは言い切れない。

「こっちに来ない事をあんたの神様に祈っておいてくれ」

 老人を縄でこちらに縛りつけながら言えば、割合冷静な声でモーネスが聞いてきた。

「槍は放っておいていいのか?」
「言ったろ、呼べばくる」
「だが逃げた後、もし誰かがきたら拾われるかもしれんぞ」
「問題ない、どちらにしろ呼べばくることに違いはないし……それにあれは主以外は重くて持ち上げられない、魔剣で言う主以外は抜けないというのと同じだ」

 エルは既に縄の中央近くまで登っている、それを確認してセイネリアも登り始めた。……いや、登り始めようとしたがそれは叶わなかった。




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